

1997年にアジアを襲った通貨危機は、ここタイのタイバーツ暴落から始まりました。しかし、日系の、取り分け自動車メーカーを中心とした関連企業は、既にタイにおいて大規模な工場を設立しており、又、国内販売と同時に、ビジネスの柱としては再輸出貿易を行っていた事から、バーツ安はむしろ為替差益を呼んで潤いました。こうした事から、景気は徐々に回復基調になり、又、2001年から政権についたタクシン前首相の経済政策によって、さらに急速に回復に向かいIMFの外貨借り入れも予定より大幅に早く返済する事が出来た程です。
しかしながら2006年タクシン首相の政敵と軍部が手を結んでクーデターが行われ、タクシン首相が亡命を余儀なくされる事態になり、これ以降、タイ
国の政治情勢は不安定な状態のまま現在に至っています。
しかしながら、経済・景気の状況は、こうした政治情勢の影響を多少受けてはいますが、それ程大きな混乱をする事無く冷静な対応を取ってきました。
その理由として、タイへは多数の外国企業が資本投下をしており、取り分け日系企業はアメリカや中国といった2位3位の国々を大きく引き離して最も多額の資本投下を行っています。この内訳としては製造業の企業が最も多く、当地に工場等の生産設備を移管して、廉価な人件費を基に販売価格を抑えて、国際競争力の高い製品を輸出するというビジネスストラクチャーを組んでいます。中でも、自動車メーカーは2000年後半から2001年にかけて、部品の現地調達率を高めて現地での生産工程比率を高める事により、販売価格を抑え、且つ域内各国のニーズに対応した仕様に変える事でより需要を喚起しようという政策転換を行ってきました。その結果、これら自動車メーカーに連なるサプライヤー、二次サプライヤー、又は自動車搭載機器のメーカーやそのサプライヤー、更にはそれら工場にインストールされる生産工作機械等の販売・保守修繕会社や原材料調達を担う専門商社等も大挙してタイへ進出して来ました。その結果、現在在タイの日系企業は、約4000社存在すると言われる程に増えております。
この様に、今や当地は日系企業の域内における一大拠点となっており、(実際、地域統括本部をシンガポール等から当地に移設して来た企業も少なくありません)、多少の事では閉鎖・撤退等が行えない非常に重要な機能を備えるまでになっています。タイは元来農業国で、今でも就労人口の40~50%を占めていますが、GDPにおいては2008年時点で12%にまで下がっています。(*1970年代は25%)一方、製造業は外国企業の進出と共にその比率を高めて来ており、今やGDPの35%を占めるにまで至っています。又、貿易収支の輸出においては85%を占めています。こうした背景があった為、政治上の混乱が直接的に景気に影響するにまでには至らなかったと言えます。
しかしながら、一昨年のリーマンショックに端を発した世界同時不況の影響は、当地も免れる事が出来ず、輸出型ビジネス、特に製造業において大規模な解雇や派遣契約の解除等が行われ、新規の採用は全面的にストップと言う状態になりました。ただこうした下降状況も昨年下半期以降、上向きに転じ始め、現在では好調時の80%程度にまで生産量を戻して来ています。

大学卒業後、総合物流会社に就職、輸出入貨物の一貫輸送サービスを手掛ける営業マンとして勤務。その企業の海外現地法人へ、タイ駐在員として出向。
もともと学生時代から海外で勤務する事が夢でしたので、3年半の駐在員任期満了と共に、当地で転職を決意。その時サポートをしてくれた人材紹介業者を通して勤務する事になりました。丸々7年間そこで人材業界の経験を積んだ後、今般、縁あって当地の業界では、人材ビジネスの総合サービスを手掛けられる僅か2社の内の一つ、マンパワータイランドへ仲間入りしました。
早いもので今年で在タイ満11年を迎えます。
日本においてもメディアを通して、当地タイについての情報が溢れていますが、現地にいなければ見えて来ない情報、生活の知恵等の提供を心がけつつ、日本人とタイ人との間に立って異文化間の橋渡しをしながら、当地で就職を希望されていらっしゃる皆さんのサポートをさせて頂ければと思います。