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社会状況の変化が激しい時代、既存のビジネスモデルだけでは心もとないと新規事業の立ち上げを中期経営計画や戦略の重要事項とする企業も多いのではないでしょうか。
しかし、新規事業の立ち上げがうまくいっている企業もあれば、そうでない企業もあり、その差は大きく開いているのが現実です。うまくいかない理由は、新規事業の立ち上げに向いている人の確保や活用ができていないことにあります。
本記事では、新規事業を成功させるために必要な人材の見極め、確保、活用について解説します。
新規事業の立ち上げに必要な人材面の悩みは共通しています。
新規事業を立ち上げて軌道に乗せるために、既存の社員だけで必要なノウハウや知見を補えるとは限りません。新たに事業を立ち上げる際と、既存事業をうまく運営し成果を大きくする際とで、必要な知識やノウハウはまったく違います。
既存のビジネスはビジネスモデルや業務プロセスが確立しており、コツなどもマニュアルやOJTで浸透させられます。また、企業は基本的に既存事業の業績を大きくするために採用や育成を行うため、組織にすでに蓄積されている知見は既存事業中心になります。
一方で、新規事業は「社内にない」事業を考え立ち上げるための知識やノウハウが必要です。「0→1」を生み出し、「1→成長軌道に乗せる」知識やノウハウが必要ですが、既存事業中心にPDCAを回して貯めてきた知見は、それとは異なります。
そもそも新規事業の立ち上げの知見やノウハウがある人材は、労働市場では極少数です。どの企業にも収益の柱となる既存事業があり、それにかかわる人材が大多数なので、新規事業の立ち上げの経験を有した人材の数自体が圧倒的に少ないためです。
また、評価制度とその運用が新規事業向けになっていないことも人材確保に苦労する要因の一つです。企業の中での収益の割合や社員数などは既存事業が多数を占めるため、評価設計や運用は既存事業に有利なものになってしまいがちです。
仮に新規事業にあわせた評価制度にしたとしても、「既存事業で実績をあげている社員」と「新規事業で頑張っているけど、まだ実績が低い社員」では、前者の社員のほうが高く評価されてしまうことが多くあります。
このように、新規事業側が評価、予算取りなどで不利になることが多いと、新規事業に携わる人材のモチベーションが下がり、退職に繋がってしまうのです。
では、新規事業の立ち上げに向いているのはどんな人材なのかを解説していきます。
新規事業は「こうすれば成功する」という知見が社内に充分にないことが一般的です。計画どおりに物事が進まないことが前提で、そのたびにその壁を乗り越えていく必要があります。そのためには、「できない原因を探す」前に「どうすれば乗り越えられるか」を常に考えることが大切です。過去にやったことがないことに、できない理由を探すと時間ばかりかかってしまいます。
アポロ計画の例をお話しします。当時のアメリカの宇宙技術では、10年で人類が月面に立つことは不可能と言われていました。そこで、「現状は置いといて、どうすれば10年で月面に人類が立てるのか?」から逆算し、一番筋道がいいシナリオを選び、そこにある壁を「どうすればクリアできるか」という視点で解決することで、月面着陸を成功させました。
このように「どうすれば解決できるか?」という視点で考えることを「解決志向(ソリューション・フォーカス)」といい、新規事業の立ち上げに成功する人は必ずと言っていいほど、このパターンで思考しています。
新規事業は、その会社や事業部では初めての取り組みかもしれませんが、社外では既に市場が形成されていることが9割以上です。そのため、社外では自社が目指す新規事業に近い事例がすでにあることも多いです。
そのため、社内だけではなく世の中を見渡し、知見や経験を持つ人から素直に学び、それを社内に持ち込める人材が、新規事業の確度とスピードをあげるキーマンになります。
新規事業の立ち上げには困難が付きまとうものです。「どうすれば解決するか?」という視点でチャレンジし続ける精神があれば新たなアイディアが生まれたり、社内外から困難を打破するヒントを見つけ出したりするなど、乗り越えるために必要な協力体制を構築することもできるようになります。
新規事業を成功させる秘訣は「スピード」です。新規事業のアイディアが浮かぶのは自社だけではないからです。成果が上がりそうな新規事業のアイディアがあるなら、最も早く市場に出してPDCAを回すことで市場を凌駕できます。
ただし、スピードが重要だからと言ってクオリティの低い製品やサービスを出すことは避けなければなりません。仮説→検証を正確に行い、高いクオリティとトップスピードを両立できる人が求められます。
新規事業の立ち上げを成功させるには「根回し」も重要なポイントです。立場が違えば社内に反対勢力がでるのは当然ですが、確実に期待どおりに成功するとは限らない新規事業となると、必要な根回しはより厳しいものになります。
そのため、ロジカルシンキングができることが前提になりますが、ここでいうロジカルシンキングは、わかりやすく論理的に考え伝えられるというレベルよりも高度なものが求められます。相手の主観(優先度・判断基準)に沿って伝える内容を入れ替え、組織が合意形成しやすいように、一人ずつピンポイントに伝え口説けるレベルが必要です。
新規事業の立ち上げは、経験がないよりはある人材のほうが当然ながら向いています。まったくの五里霧中で進むよりは、新規事業の立ち上がるときの状況を経験した人材が一人でもいるほうが、メンバーの安心にも繋がります。新規事業の立ち上げの中で、つまづくポイントは共通することが多いからです。
また、新規事業の立ち上げに携わったものの失敗した経験がある人材も貴重な存在です。特に重要なのは新規事業の「撤退」経験です。新規事業の立ち上げの知見が経営陣に少ない場合、どうなったら撤退すべきかがわからず、結果が出る前に撤収してしまったり、撤退すべきなのに事業を続けてしまい大損してしまったりしかねません。
周囲から「仕事ができる」と評価されている人材でも、新規事業となると失敗してしまう例が少なくありません。本章では、そのような「新規事業に向いていない人」の特徴を解説します。
困難に直面したときに、何が原因なのかをまず考えることはセオリーとされていますが、これは半分正解で半分間違いです。
確かに、原因を潰さない限り物事は前に進みませんが、これが機能するのは成功するコツといった「正解」が決まっているビジネスモデルや、業務プロセスが決まっている既存事業に限るといえるでしょう。
新規事業は正解が決まっていないため、原因を追及しようとしても堂々巡りになってしまい、そこから前に進めなくなる恐れがあります。
自分の能力に自信がある人は、周りからは頼もしくみえますが、ここに落とし穴があります。
自分の能力に自信がある人は、自分の過去の成功体験から物事を考え、遂行してしまう傾向があります。既存事業への対応であればそれでいいかもしれませんが、過去の成功パターンが通用するとは限らないのが新規事業です。既存事業のエリートやハイパフォーマーが新規事業の立ち上げの
戦略や実行計画を立てようとすると、既存の延長でしか考えられずに苦労することはよくある現象です。
新規事業においては、自分の成功体験に頼らず謙虚になり、成功ノウハウを仕入れ、関係者を口説き、仮説→検証を繰り返しながら、正解を磨きあげていくことが求められます。
このように、どんなに実績があり能力が高い人でも、自分の経験や実績の枠でしか考えられない人は新規事業の立ち上げには向いていません。とはいえ、新規事業が立ち上がったのちに成果を大きくするのには向いているので、新規事業のフェーズによってアサインを変えるといいでしょう。
正解がない中で新規事業を立ち上げていくには、いい意味の「打たれ強さ」が必要です。子どものころからスポーツにも勉学にも優れ、学科試験や既存事業など、正解がある中で苦労はしても挫折経験がない人は、挫折してすぐ心が折れてしまうリスクがあります。
また、最後まで諦めない「達成志向」「チャレンジ精神」を持っていることはすばらしいのですが、あまりうまくいっていないことをガッツや根性で無理やり乗り越えようとすることは良いこととは言えません。
成功したビジネスパーソンは、大失敗や大きな挫折を乗り越えてきた経験が必ずあります。新規事業を任せる場合は、大きな挫折や乗り越えた経験がある人を人選することをおすすめします。
新規事業の立ち上げにあたって、人材の選任育成を行うにはセオリーがあります。本章で解説します。
新規事業立ち上げのプロジェクトを通じて社内で知見を積み上げ、人材を育成することはよくとられる手段です。
メリットとしては、社内人材なので、社内の承認を取ったり、組織を動かすように働きかけたりする「根回し」が比較的しやすいことが挙げられます。
デメリットとしては、まだ新規事業の立ち上げの知見が溜まっていない状態では、既存事業の周辺領域の小さなアイディアや事業の実施に留まってしまいやすくなります。
その結果、期待したほど盛り上がらないなど、該当の人材の評判が下がってしまいます。こうなると、ほかの社員も新規事業に挑戦しにくくなってしまうという負の連鎖が起きてしまう恐れがあります。
社内での育成を成功させるポイントとして、社内外の知見をうまくミックスさせて使っていくことが挙げられます。
新規事業の立ち上げの知見を得るために、経験者を中途採用し、新規事業の立ち上げに関わってもらうこともよくとられる手段です。
メリットとしては、新規事業の立ち上げをOJTしてもらえることに加え、その人材が持つ社外のネットワークも一緒に手に入ることです。新規事業で求められる仕入先や顧客などの開拓を一から行わずに済むことは大きなメリットになります。
デメリットは、新規事業立ち上げの知見はあっても、自社で再現できるかは未知数なことです。どんなに実績があっても、自社に馴染む新規事業でないと、組織が動きません。根回しも必要です。
しかし、社内のパワーバランスを理解するまで時間がかかり、根回し調整や決済の獲得が難航しかねないなど、入社して間もない人材は社内で信頼を得るまで時間がかかります。社内に中途採用者を活かすマネジメントの知見がないと、優秀な人を採用しても結局うまく活かせないこともありえるでしょう。
ポイントは、経験者人材が新規事業立ち上げの行程の中でどこに関わったのかを、採用前にきちんとおさえておくことです。新規事業の立ち上げに関与したと言っても、0→1を行ったのか、芽が出た後に一気に成長させることに携わったのかでは、知見がまったく違うからです。
また、携わった新規事業のビジネスモデルが自社の目指すものと一緒なのかも重要な視点です。ビジネスモデルが一緒で顧客先を変えた新規ビジネスなのか、他社とアライアンスを組んだ新規ビジネスなのかでは、必要な知見がやはりまったく違います。
さらに、偶然うまくいった事例の場合もあるため新規事業立ち上げの成功率や再現性も確認しておくことで、自社に馴染む新規事業を立ち上げて貰えそうかのあたりが付きます。
新規事業立ち上げの知見がある外部のプロフェッショナル人材に、自社の新規事業の立ち上げに関わってもらう手段もよく取られます。
この場合では業務委託契約でのかかわりとなり、新規事業のプランを考えてもらったり、プロジェクトのアドバイザーやリーダーを担ってもらったりするほか、社内の人材に研修・コーチングなどを通して新規事業立ち上げを教育してもらうなどのパターンがあります。
メリットは、業務委託なので雇用リスクがなく、さまざまな組織や新規事業の立ち上げの現場経験や知見を持つプロフェッショナルに指導してもらえることです。社内に新規事業の知見を入れる時間の短縮にもなります。
デメリットは、高コストであることです。また、最終的に新規事業が立ち上がる保証はありません。外部プロフェッショナルのコミットは新規事業のプランを出したり、一定期間指導をしたりなど、あくまでプロセス面に限られたものになるからです。
外部プロフェッショナル人材を活用するポイントとしては、実績を鵜呑みにしないことが挙げられます。具体的にどんなアウトプットを出したのか、評判をきちんとおさえておきましょう。
「新規事業の事例に詳しいだけ」「指導してもらっても、新規事業として立ち上がった率はゼロに近い」「新規事業でも得意領域がある」など、その人材の持ち味と自社のニーズがフィットするかを見極める必要があります。
また、その人材が自社の価値観や人材と相性がよさそうかも重要なので確認しておきましょう。
新規事業は、軌道に乗って既存事業と肩を並べるまでは肩身が狭いものです。特に立ち上げ期は、コストがかかる割に収益は低いのが当たり前で、既存事業からのプレッシャーは強いものになるでしょう。ゆえに、成長するまでは、周りがしっかり守ってあげる必要があります。
具体的には「社長など経営陣の直轄組織として出島化することで守り、協力を得やすい体制を作る」ことが挙げられます。評価制度も、数年間は標準以上の評価を約束するとよいでしょう。
それによって、「新規事業を担うことは名誉だし、評価でも不利にならないのでやりたい」と、社員のやる気を奮い立たせていくこともサポートの一つです。
メリットは、経営陣の直轄組織になることで根回しをしやすくしたり、経営陣がバックにいることで、社内調整や協力をつけやすくなり新規事業が潰されにくくなったりすることが挙げられます。
デメリットは、成功しないと社長や経営陣の顔に泥を塗ることになり、退陣などにも繋がりかねないことです。
ポイントは、新規事業の芽が出るまで、社長や経営陣がどの程度守れるかを明確にしておくことです。撤退基準や投資基準を決めておくことで周りのやっかみを最小限に抑えることができます。立ち上げに失敗した場合でも、ダメージを最小限に抑えられるようにしておきましょう。
新規事業の立ち上げを成功のキーは「人の目利き」と「経営陣の堪忍袋」です。
社内の新規事業の資質を持つ人材を選抜し、社外の経営者やプロフェショナルの知見や人柄の相性を見極め、それらをいい意味でブレンドするトータルの「目利き力」がポイントになります。
また、新規事業の立ち上げをどこまで我慢できるか、という経営者の堪忍袋の加減も成否をわけますが、ここは感覚値だけでなく「3年で黒字化しなかったら撤退」など、撤退基準を明確に示すことが、任されるほうも見守るほうも安心してコミットできるようになるでしょう。