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パワーハラスメント(以下パワハラ)というと、一般的に上司が部下に対して行うものだと捉えられていますが、実は部下から上司に対する言動も、場合によってはパワハラになり得ます。
本記事では部下からのパワハラ(逆パワハラ)に焦点を当て、発生しやすいケースや事例、企業がとるべき対処法などについて解説します。
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労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の改正で、2022年4月1日よりすべての企業にパワハラ防止措置を講じることが義務化されました。
主なポイントは下記のとおりです。
出典:厚生労働省「労働施策総合推進法の改正(パワハラ防止対策義務化)について」
パワハラは、厚生労働省の指針で下記のように定義されています。
(1)職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
(3)その雇用する労働者の就業環境が害されるものである
(1)~(3)までの要素をすべて満たすものをいう
(1)の「優越的な関係を背景とした言動」とは、上司から部下、先輩から後輩など被害者が抵抗できない力関係の下に行われる言動です。しかし、そういった明確な上下関係だけではありません。
下記の場合では、部下が上司より優位の立場に立つため、厚生労働省の指針では(1)に該当するとしています。
(2)の「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」は、明らかに業務上の必要性がないまたは態様が相当でない言動をさします。業務上の必要性がない場合とは、合理的な理由がない場合で、例えば、「結婚指輪をはずせ」とか「病気じゃないの?」などが当てはまります。
また、業務上の指導、教育であっても相当性(表現、回数、態様等)が問われます。
(3)の「就業環境が害されるもの」は、身体的もしくは精神的な苦痛を与えられたことで仕事に大きな支障が出た状態を指し、判断は「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当であると指針では定めています。
実は、この「平均的な労働者の感じ方」がパワハラになるかならないかの一番のポイントです。例え自分にとっては不快な言動でも、一般的に多くの人が不快に感じない言動であれば、それはパワハラには該当しないという客観的な基準なです。
ただし、一般的に多くの人が不快に感じない言動であっても、受けた側が不快に感じ「やめてほしい」と意思表示をしているのであれば、それが繰り返されることで仕事に支障がでる可能性もあるため、止めさせなければなりません。
厚生労働省は、職場におけるパワハラとして代表的な6つの類型を挙げています。
ただし、行為の態様が6類型に該当しそうな行為であっても、先に挙げたパワハラの定義(1)~(3)の要素が欠く場合であれば、職場のパワハラにはあたらない場合があることに留意する必要があるとしています。
出典:厚生労働省|雇用均等・均等局「パワーハラスメントの定義について」
上記6つの類型のうち、具体的にどのようなものが逆パワハラになりやすいのか解説します。
上司に対しての暴言やSNSなどでの誹謗中傷、社内で上司の不利益な噂を流すなどがあてはまります。
例えば「無能な上司はいらない」「上司の仕事が遅いので自分の仕事が進みません」などといった言葉は、誹謗中傷にあたります。部下からこのような心ない言葉を言われて、上司がメンタル不調になるケースは後を絶ちません。
また、上司の指示に従わないことや反論を繰り返すといった行為もパワハラになる可能性があります。
よくあるケースが「上司を無視する」という行為です。個人の場合もありますが、職場全体で無視をするケースもあります。
例えば、挨拶を無視する、仕事の指示に返事をしない、指示を拒否するなどが該当します。特に職場全体として集団化した場合、仕事が進まず上司を精神的に追い込む悪質なパワハラに該当する可能性があります。
部下からの逆パワハラに関する裁判例を2つ紹介します。
どちらもパワハラによる精神疾患をわずらったにもかかわらず、労災が不支給となり、パワハラが原因であることを明らかにするために労災不支給処分の取下げを求めた裁判です。
基本的にパワハラの場合は、「労災支給=パワハラが原因」、「労災不支給=パワハラは認められない」ということになります。まずは労災を認定してもらい、その後使用者責任や慰謝料の請求になるので、労災が認定されるかどうかは非常に重要なポイントなのです。
Aさんは、配属先で職位が下の同僚らから「私らと同じコピーの仕事をして高い給料をもらっている」と言われる、ミスの直後に目配せして冷笑されるなどのいじめ、嫌がらせを受けるようになりました。Aさんは体調を崩し、結果的に休職期間満了で自然解雇となりました。上司には相談をしていたのですが、いじめを行っている社員に対して忠告をしただけで、会社として何らかの対応をするまでには至りませんでした。
裁判の結果、集団でのパワハラにより精神疾患を患ったことに対して労災の業務起因性があると認められました。
フードサービスの会社で約30年間料理長の業務に従事してきたBさんは、部下のパート社員から、Bさんを誹謗中傷する内容のビラを作成し、会社や関係先等に配布するなどのハラスメント(嫌がらせ行為)を受けており、うつ病を発症しました。
ビラは事実無根の内容でしたが、Bさんは店長職を解任させられ、その後自殺により亡くなりました。一方、部下のパート社員は厳重注意を受けるものの配置転換することなく、有期契約を更新されました。
裁判の結果、部下からのパワハラの事実と会社の不適切な対応による心理的負荷により業務起因性が認められました。
2つの事例に共通する問題点は、会社がこれらの事象をパワハラだときちんと認識してなかったこと、パワハラ行為をした加害者に対して、指導だけで終わったことです。
上記事例のようなハラスメントを防ぐためにも、会社としては、被害者と加害者及び職場の同僚などから事実確認をして、パワハラが認められたのであれば懲戒規程にのっとって懲戒を科さなければなりません。
ハラスメントに対する教育が不十分で知識が不足している場合、上司・部下ともにパワハラとなる言動とならない言動の区別ができず、自分勝手に解釈をしてしまう場合が少なくありません。
そのため、上司は適切な指示や指導がどこまで許されるのかがわからず、結果強い指導ができなくなり、反対に部下はそのような上司を侮るようになってしまいます。また、「上司から部下への言動はパワハラに該当するものがあるが、部下から上司には何を言っても構わない」という認識を持っている人もいます。
近年、若い部下が上司よりもITスキルに長けている、経験の浅い上司の下に経験が豊富な年上の部下が就く、転職市場の活発化により中途採用で優秀な部下が配属されるといったケースもめずらしいことではなくなりました。
部下が自分より能力の低い上司に対して批判的になる場合もあり、そういった態度が度重なれば逆パワハラとなります。
管理職の中には、部下とのトラブルを恐れて、あえて何もしない人もいます。そうなると部下に対するマネジメントが疎かになり、部下も何もしない上司を軽んじるようになってしまいます。
また、人手不足のため上司自身が自分の仕事をこなすのに精いっぱいとなり、部下の指導まで手がまわらないというケースもあります。
チームのカラーやパフォーマンスは、チームのリーダーや管理職の価値観や言動に大きく影響されます。
管理職は、会社のキーパーソンです。管理職を組織変革の推進者に変える5つのポイントをご紹介します。
上司と部下の話を聞き、事実関係を迅速かつ正確に確認します。双方の事実が一致しない場合は、第三者である職場の同僚や別の上司などからも話を聞きましょう。
特に注意するべきなのは、部下の言動が、その内容・状況からしてパワハラと認められない場合です。「上司だから何を言っても大丈夫」と軽い気持ちで部下が行う言動が、上司にとっては非常に不快となるケースもあります。
このほか、思い違いがハラスメントのきっかけになるケースも多くあります。思い違いの例としては、上司が挨拶に気づかなかったのを「上司に無視された」と思い込み、自分も上司を無視したといったケースが挙げられます。
パワハラが発覚した場合は、パワハラに該当するのかという判断とともに、パワハラに該当しなかった場合であっても、上司と部下の関係修復にも注力する必要があります。企業が間に入って、話し合いの場を設けるなど、当事者のコミュニケーションの構築に協力することも考える必要があります。
パワハラの事実が認められた場合、まずは、部下の行いがパワハラにあたることを認識させて反省を促しましょう。その場合、本人を納得させるためにパワハラの定義や根拠を示すことも必要です。
上司と部下を引き離すことが適切である場合は、配置転換を考えます。一般的には、加害者を異動させますが、逆パワハラの場合、被害者である上司が周囲から「上司なのに」と陰口を言われ、仕事がやりづらくなる可能性があるので、被害者の同意を得てしばらくの期間異動させることも有効です。
また、会社の懲戒規程に基づき、加害者に対して懲戒処分を行います。問題行動を起こしても、実際には懲戒処分を科さずに指導だけで終わってしまうケースは少なくありません。しかし、そのようなケースで済ませてしまうと、パワハラに対して迅速な対応を取ることが難しくなる上に、問題を起こした本人が会社の対応を軽視してしまうので、厳格に懲戒処分を科すことが重要です。
アンケートの実施によって、ハラスメント行為が発覚するケースはよくあります。通報や相談はしづらくても、アンケートであれば抵抗が少ないものです。部署を把握するために記名式にするケースもありますが、記名式にすると記入に抵抗が生じてほとんどの社員は記入しなくなるので、必ず無記名にしましょう。
また、アンケートは1回だけで終わらず定期的に行うことで、ハラスメントをはじめ、ほかの課題も見えてくる可能性があります。なお、アンケートの記入は、なるべく簡単にすることが重要です。当てはまるものにチェックをする方法をとるのがよいでしょう。
ハラスメント規程を作っている企業は多くありますが、知っているのは人事など一部の部署だけというケースが見られます。
まずは、今一度ハラスメント規程の内容を確認・アップデートし、周知しましょう。パワハラや逆パワハラとなる言動を列挙し、どのような懲戒処分の対象となるのか具体的に記載します。その内容は全社員に周知徹底しましょう。
パワハラに関する研修を取り入れている企業でも、上司に対しては、パワハラになる指導とならない指導方法などパワハラの加害者にならないための研修を、部下に対してはハラスメントの被害者にならないための研修を行っている企業が多いのではないでしょうか。
その対応では、上司、部下ともに逆パワハラを正しく認識できません。身近な問題だと受け止めやすくするための具体的な事例を交えた逆パワハラに関する研修を行い、逆パワハラに対する知識を身につけることが重要です。同時に自社のハラスメント規程の具体的な内容を説明して注意喚起するとよいでしょう。
また、部下と能力や知識の逆転現象から逆パワハラに至るケースもあります。そのため、管理職に対して、部下への指導の仕方や業務の進め方、職場のコミュニケーションの活性化などに関するマネジメント研修も必要です。能力や知識の差は、短期間では埋められませんので、コミュニケーションをとり、信頼関係を強めることが重要となってきます。
パワハラ防止法の施行により、ハラスメント相談窓口の設置が義務付けられました。ハラスメントの相談をしたことを理由として、不利益な取り扱いをすることは禁止されています。
相談窓口ではどのような相談ができるのか明確にした上で広く周知し、誰でも気軽に相談できる体制を整備することが必要です。
また、窓口の周知の際には、相談したことによる不利益取り扱いをしないこと、プライバシーは保護されることを明確にしましょう。
管理職に対して、逆パワハラを受けたときは受け流さず、毅然とした態度で指導するように伝えます。部下は、「上司だから何をしても大丈夫」と思って逆パワハラを行っている意識がないこともあります。
上司には、部下の指導は上司の権限であり責任であること、そして部下には業務上適正な範囲で行われている業務指示や指導は会社が事業を進めていくうえで必要な行為であるということを再認識してもらいます。
また、管理職だからと相談を忌避する傾向も見受けられるため、相談窓口以外にも信頼できる上長や同僚の管理職などに個人的に相談できる環境を整えるなど、組織的に対応しましょう。
パワハラに該当するかどうかは、状況等によって判断が異なるため、双方から丁寧に事実確認等を行うことが重要です。部下への注意や指導が適切なものであったかどうかを明らかにするためには、業務日誌等に指導記録を残しておくのが有効です。
何かトラブルに発展した場合、「言った」「言わない」の水掛け論になるケースが多いため、いつ、どのような内容の指導、さらに部下の返答も記録しておきます。この指導は、同様の問題が発生した際の参考にもなりますので、書面化して保存しておくとよいでしょう。
部下からの逆パワハラについては、上司が毅然とした態度で指導することが一番重要です。それを放置しておくと「上司に対しては何を言っても大丈夫」と変な認識が生まれてしまいます。また、逆パワハラを防止するには、上司が部下とよく話し合ってお互いよく知ることが大切です。お互いをよく知れば、「こんな言動は上司に対して失礼にあたる」と思うものです。会社としては、上司と部下とのコミュニケーションを活発化させるために、職場横断的に上司による声掛けを積極的に行うよう指示をすることをおすすめします。
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