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日本では長年の長時間労働にメスを入れ、残業や休日出勤を減らす取組みが、「働き方改革」や「健康経営」の文脈で根付いてきました。しかし、これらの取り組みを笠に着たハラスメント「時短ハラスメント(ジタハラ)」が問題視されています。
本記事では「時短ハラスメント(ジタハラ)」発生のメカニズムと、予防・対策について解説します。
時短ハラスメント(ジタハラ)は近年で発生した言葉であり、具体的にどんなことを指すのかから解説します。
「時間短縮ハラスメント(ジタハラ)」とは、社員に対し、業務量は減っていないまま、残業せずに定時退社を強要することで発生するハラスメントです。
これは、日本政府が旗振りをしている「働き方改革」の影響を受け、目につきやすい残業時間を減らすために横行したために発生した現象で、2018年にユーキャンの新語・流行語大賞にノミネートされています。
時短ハラスメントの具体例を挙げてみます。
これらは、業務量や納期設定が不適切であるにもかかわらず、「定時に帰ること」だけを強要する行為であり、すべて時短ハラスメントに該当します。
時短ハラスメントが広まった要因は、働き方改革関連法の労働時間の見直しや人材不足が背景にあります。
長年放置されてきた長時間労働による過労死やうつ病対策等の悪影響を解決するために、働き方改革やワークライフバランス、健康経営という取組みを進めることは素晴らしいことです。しかし、肝心の業務量が減らないまま、単に労働時間のみを適正化しようとした「ひずみ」が時短ハラスメントに繋がっていきました。
長時間労働の解消を現場任せにするのではなく、経営が全社的な視点で対策を講じないと、時短ハラスメントを起点にさらなる問題やリスクが生じる可能性があります。
時短ハラスメントが横行した結果、無理な時短が組織運営にひずみを生み、大きな問題に発生するリスクが高まります。
そもそも業務量が減るわけではないので、物理的に今までどおりに残業しないと、業務は終了しませんが、時短ハラスメントを受けると、その分の残業時間を会社に申請するのが困難になります。上司は「残業しない」ことを強要するため、残業許可が降りないからです。
結果として、サービス残業が常態化します。たちが悪いのは、皆がサービス残業を行うとそれが社内で暗黙のルールになるため、正論である残業申告に意義を唱えることが難しくなります。
時短ハラスメントによる無理強いやプレッシャーにより、現場の社員の間にはストレスや不安が蔓延し、休職者や離職者の増加に繋がるリスクが高まります。
また、また、離職者が増えても業務量が減るわけではなく、残された社員に負荷が集中することで、さらに離職が増加する悪循環に陥る可能性があります。
結果、現場のストレスや不安が倍増し、休職・離職ドミノによる「残ったもの負け」状態になり、職場の機能不全リスクは高まる一方です。
労働時間を短縮したのに業務量は減らず、納期も延びないという状況は、やっつけ仕事につながります。品質が低下すれば手戻りややり直しが増え、業務量がさらに増加し、悪循環に陥ります。
一般社員が残業できない分、中間管理職が時間内に対応できなかった部下の仕事を引き取る、中間管理職の残業膨大化のリスクもあります。
管理職には残業は関係ないという考えは昔の話です。管理職でも一般職レベルの仕事を行っている実態があれば、労働基準法上の「管理監督者」ではないと労基署が総合的に判断し、残業代を過去3年分遡って支払う命令を出している裁判例も数多くあります。
管理職でも一般職レベルの仕事を行っている場合、労働基準法上の「管理監督者」ではないと判断され、過去3年分の残業代支払いが命じられるリスクもあります。
残業を隠す「持ち帰り残業」は、セキュリティリスクが上昇します。PC類を持ち出すことによる運搬・保管時の盗難リスクが高まります。
また、カフェやシェアオフィス等を利用した結果、PC画面を後ろから気づかないうちに覗かれる、会話等を聞かれて情報が洩れる、プリントアウトした書類をうっかり置き忘れるなどの情報漏洩につながる事故の発生や、管理外のネットワーク接続によるウイルス感染なども危惧されます。
時短ハラスメントによるサービス残業の強要など、賃金の不払いは労働基準法違反にあたるため、訴訟に繋がる場合もあります。いわゆる「ブラック企業」に対する社会の目は厳しく、送検や起訴まで至らなくとも、労働基準監督署からの指導や社名公表だけでも企業イメージは大きく損なわれます。
サービス残業が発覚すれば、過去3年に遡って実際に働いた残業分を全て支払うなどのコスト負担が突如発生するリスクがあります。労基署の検査がなくても、労働組合が経営に交渉し、未払い残業代の支給を勝ち取ることでも同様のことが発生します。
時短ハラスメントが発生しているかどうかは、一見、経営や人事からは見えにくい面がありますが、時短ハラスメントには共通した現象が発生します。この危険な兆候の発生の有無をチェックし、取返しがつかない問題が発生する前にリスクを把握しましょう。
時短ハラスメントは、働き方改革の一環である「ノー残業DAY」などのポジティブな意味合いで展開される全社活動が起因で発生します。
トップダウンで残業なしが提示され、事務局が各部署や管理職単位で残業時間をKPIとしてカウントしてモニタリングするようになることで、現場でのプレッシャーが高まります。
結果、「残業はNG」ということだけが一人歩きしてしまうため、上司は部下に「定時までに今までの業務量を必ずこなすように」と過度な業務量を押し付けるようになり、ここから時短ハラスメントが始まるのです。
定時帰宅を実現しても、業務が時間内に終わらないことや納期に間に合わないことが許されるわけではありません。結果、上司は部下に対し、時間内に対応できないことは、部下本人の問題だと叱責するようになるのです。
上司は部下の残業時間が自身の評価に直結するため、自己防衛本能が働きます。業務量や納期の無理があっても、責任を部下に追わせ、叱咤することで何とか残業ゼロの目標を達成しようとしてしまいます。
全社が残業ゼロに近づき、喜んでいても、裏で時短ハラスメントが蔓延しているリスクがあります。なので、経営や人事は、組織や管理職単位の部下の残業時間をチェックするだけでなく、エンゲージメント調査を行う等、上司のマネジメントの実態を把握しましょう。
定時で全社員オフィスから退勤しても、仕事が終わるわけではありません。そのため、残った仕事を自宅などに持ち帰って対応させる「持ち帰り残業」が多発していないかを精査しましょう。
持ち帰り残業は、定時でオフィスを閉める、隠れ残業していないか見回りするなど、職場で残業できないようにさせた場合によく発生します。
持ち帰り残業の実態把握には、社員各自のIT機器のログイン時間や場所のモニタリングや、プライベートPCへのメール送信の有無をチェックなどの方法があります。
タイムカードを定時で一旦退社の打刻させた後に残業させる、勤怠管理ソフトなどで残業時間を調整して提出するなど、実際の労働時間を少なく申告させるような操作が発生していないかチェックしましょう。
残業時間の操作の有無の実態も、社員各自のPCやITツールのログイン時間のモニタリングや定期的な職場巡視などで把握することができます。
業務の過度な負荷や上司の無理な要求や叱責、サービス残業などによりストレスが増え、メンタル面への影響が大きくなることで休職者が増加します。また、モチベーションの低下により離職率も上昇することがあります。
離職者の業務を残ったメンバーが負担することで、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうことで離職ドミノのリスクも高まってしまいます。
企業活動に重大な影響を与える事態にならないよう、状況をきちんと把握し、対策を行いましょう。
時短ハラスメントを防ぐためには、「やってはいけません」と説教をするだけでは、抜本的な解決策にはなりません。実際に残業に頼らずに業務が回るようにするための対策が必要です。
そもそもですが、残業しなければこなせない業務量が常態化しているのは適切ではありません。
一時的な負担であれば、ガッツや根性、創意工夫で乗り切れることもありますが、それらの効果には限界があります。「毎回作成するけど経営会議で議論されているかわからない資料」など、以前は必要だったとしても、今ではいらなくなった仕事は意外とあるものです。
ただ現場には「業務を止める」権限がないため、現場の判断で止めることは困難です。「形骸化した・今では必要なくなった」仕事をアンケートで集計し、意思決定で止める/継続を判断してもらうなど、現場の声をボトムアップで吸い上げることが重要です。
また、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や事業の生産性・将来性をもとに経営がトップダウンで業務を減らすなど、両面からのアプローチを行い、過剰な業務量の削減を目指しましょう。
業務量に対して適正な人員が不足している状況では、人員補充の努力も重要な施策です。しかし、採用や教育には時間がかかるため、並行して業務効率化を進める必要があります。
個人の頑張りだけに頼るのではなく、今いる人材の力を最大限に活用するための環境づくりも必要です。4つのポイントを紹介します。
全社や部署の業務分担を見直し、全体最適の視点で適正な人員配置を行います。特定の社員への業務の偏りなどがなくなり、各人が得意な分野やスキルにあわせた業務を行うことで、無駄な手戻りや作業時間の減少、モチベーションの向上も期待できます。
優秀な部下を手放したくない現場の抵抗が予想されますが、企業の全体的なパフォーマンス向上に基づく取り組みとして、経営や人事は強い意志で対処する必要があります。
納期の重複や必要以上の短納期は業務負荷を上昇させます。過度な負荷や品質低下を防ぐためには、業務量を調整し無理のないスケジュールを設定することです。
社員のスキルや経験を考慮した適正なリソース配分と優先順位の明確化、クライアントとのコミュニケーション強化による現実的な納期の調整などを行う管理職を置く、育成することも視野にいれましょう。
社員全体のスキルアップも業務効率を高める重要な要素です。優秀な社員のノウハウの共有や、研修やOJTを通じたプロジェクトマネジメントスキルの習得などは、個人の能力向上だけでなく、職場のチームワークや問題解決能力の強化や組織全体の生産性向上にもつながります。
AIやITツールの導入、アウトソーシングの活用は業務効率を大幅に改善できます。業務の自動化や煩雑な作業の外部委託は、社員がより重要な業務に集中できるようになります。
特に、繰り返し作業やデータ処理などの負担が軽減されることで、全体の業務効率が向上し、生産性の改善が期待できます。
これらの取り組みは、一見コストが上がるように見えますが、残業代を含む全てのコストを将来にわたって払い続けるよりも、長期的には人件費や時間の節約につながり、全体的なコスト削減が期待できます。現場の努力だけでは達成できない業務効率化こそ、経営や人事の出番であり、責務となります。
経営や上司のマネジメント観がアップデートされ、ハラスメントを行わずに組織運営を行うことが当たり前という意識が自然な「空気」のようになって初めてハラスメントは撲滅されます。
「悪気がないけど、他のやり方がわからない」ことを理由にハラスメント的なコミュニケーションを取ってしまわないよう、「どうすればいいのか」を経営から現場まで、研修・教育を行い、徹底しましょう。
加えて、ハラスメントの相談窓口を設置するなど、防止の仕組み作りを行うことです。「ちゃんと経営や人事は見ている」ことを示すことで、現場は安心しますし、ハラスメントの抑止力にもなります。
時短ハラスメントの原因に人手不足も挙げられますが、採用難でどうしてもメンバーの負荷を減らせないこともあります。業務の見直しが第一ですが、人手が足りない場合には比較的すぐに人員の補充ができる人材派遣の活用もご検討ください。
一例
サービス残業は、たとえ本人が自主的に行った場合でも、違法行為に該当します。これにより、周囲の評価基準にも悪影響を及ぼす可能性があるため、命じているかどうかに関わらず、放置せずに対処する必要があります。
そもそも、原則として残業が前提となる業務量を課すことは適切ではありません。また、総労働時間の短縮を求める一方で、成績評価や目標が従前どおり変わらないのは公平さに欠けると言えます。
ジタハラ問題の解決に向けては、表面的な注意喚起ではなく、一部の人に業務が集中するなどの問題が発生していないか、IT投資など効率化に向けた対策など生産性を向上への取り組みが適切に行われているかなど、管理職や経営陣の責任を持った対応が重要です。
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