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「パワーハラスメント」(以下、パワハラ)はどの職場でも起こりえる身近な社会問題です。今回は、労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の改正を受けて再び注目されている、企業に義務付けられたパワハラ対応などについて解説します。
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ハラスメント(Harassment)とは、いじめや嫌がらせをして相手に不快な気持ちを与える行為を指します。職場でハラスメントが発生すると、被害者が精神的に傷つけられるうえに、職場環境の悪化や人材流出など企業にも悪影響を及ぼします。
厚生労働省が2020年に実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間でパワハラを一度以上経験した人の割合は3割を超えていることからも、パワハラの防止対策は企業にとって非常に重要であるといえます。
出典:令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書|厚生労働省(PDF)
ハラスメントの種類はパワハラのほかにも数多くあります。
上記のほかにもさまざまな“ハラスメント”と呼ばれるものは存在しますが、その多くは明確に定義づけされたものではありません。ただし、パワハラについては法律により定義づけされ、対策も義務化されていることから企業にとって無視できないものといえます。
パワハラ防止法が制定された背景には、働き方の多様化やハラスメントの認知拡大などさまざまな要因があります。
パワハラに対する企業の防止措置は、大企業が2020年6月から、中小企業は2022年4月から義務化されたことで全企業が対象となりました。なお、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法により、セクハラやマタハラの防止措置は既に義務化されています。
職場でのパワハラに該当する行動について、パワハラ防止法では以下の1~3をすべて満たしたものと定義しています。
そのため、3つの要素を満たさずに適正に行われた指示や指導については、パワハラには該当しません。
優越的な関係を背景とした言動とは、意に沿わない言動に対して、意見を述べたり断ったりすることが難しい関係において行われるものを指します。
「優越的な関係」としてイメージされやすいのは、「上司から部下に対して」や「社員からパートに対して」のように、職務上の地位が下位の者に対して行われた言動が挙げられるでしょう。
しかし、そのほかにも職務上の地位は下位でも知識や経験が豊富な者からの言動や、同僚や部下から集団的に行われた言動なども抵抗や拒絶が困難であると見なされ、優越的な関係を背景とした言動に該当する場合があります。
業務上必要かつ相当な範囲を超えたものとは、仕事をするうえで明らかに必要ではない言動、またはその様態(回数や方法など)の度が超えているものを指します。
たとえ指導が必要とされる場面でも、ほかの社員の前で罵声を浴びせる行為や必要な範囲を超えて繰り返し叱責する行為は、パワハラと判断される可能性があります。
労働者の就業環境が害されることとは、その言動によって労働者が心身に苦痛を与えられ就業環境が不快となり、仕事に支障が生じる状態を指します。
ただし、言動の受け取り方は人それぞれであり判断はとても難しいでしょう。主観ではなく、あくまで平均的な労働者がどう受けとめるかを基準に考え、客観的に判断することが重要といえます。
なお、厚生労働省ではパワハラについて代表的な6つの類型を示しています。
出典:あかるい職場応援団-職場のハラスメントの予防・解決に向けたポータルサイト ハラスメントの類型と種類|厚生労働省
上記の類型はあくまで例示であり、個々の状況によって判断が異なる場合もあります。これらに当てはまらなくとも、パワハラに該当するケースがあることは把握しておく必要があります。
対象者の行動や意識の変容を促すためのフィードバック手法「ネガティブフィードバック」については、解説セミナーの動画も公開しています。
パワハラ防止法で定められる、事業主が防止対策を講じる必要のある対象範囲は、労働者が仕事をする場所のほか、取引先や出張先、会社の飲み会(宴会場)なども含まれます。
また、対象となる労働者とは、正社員のみならず契約社員や派遣労働者、パート・アルバイトなどの非正規社員も含みます。なお、派遣労働者については、派遣元だけではなく派遣先においても防止措置を講じる必要があります。
パワハラ防止法には、違反による罰金などの罰則はありません。しかし、必要があると認められた場合は行政からの助言・指導・勧告の対象となります。勧告に従わなければ、最悪の場合は企業名が公表される可能性がありますので十分注意してください。
また、企業には労働者に対して安全に業務を遂行できるよう配慮する義務(安全配慮義務)もあります。職場におけるパワハラにより労働者の心身が害された場合や、パワハラを認識していたにもかかわらず改善や対策を怠った場合には、被害者から損害賠償請求をされる可能性もあるので、あわせて注意してください。
実際にパワハラが発生した事例を紹介します。
運輸会社Aにおいて、B(被害者)が作成する書類に誤りが多いことなどから、指導役の同僚Cから、やるべきことを紙に書いてほかの従業員の前で読み上げさせられたり、「いつ退職するのか」などと説教を受けながら頭を殴られたり、土下座を強要されたりといった行為が原因で、Bが適応障害と診断されました。
裁判所は、「違法なパワハラ行為」と認定したうえで、上司Dが必要な対応をとらなかったことについて、会社として安全配慮義務違反も指摘されました。
同僚Cの行為自体が明らかなパワハラであるだけでなく、会社が適切な対応をとらなかったことで問題が大きくなってしまった典型的な事例といえるでしょう。
出典:
労働判例|WEB労政時報
労働判例ジャーナル – 株式会社 労働開発研究
保険会社Zにおいて、マネージャーX(被害者)による不正手続の疑いに関して、営業所長Y1がほか社員の前で問いただしたほか、支店長Y2や所長Y3から「マネージャーが務まると思っているのか」や「マネージャーをいつ降りてもらっても構わない」などの発言を受け、Xはストレス性うつ病と診断されました。
裁判所は「違法」と判断し、上司である支店長Y2・所長Y3とともに保険会社Zに対しても慰謝料の支払いを命じています。
一見この事例は、不正に関連した叱責でありパワハラにあたらないと思う方もいるでしょう。しかし、ほかの社員の前で不正を問いただした行為は、配慮に欠ける行為であるとして違法と判断されました。
たとえ不正に関連した叱責でも、場所や環境の配慮が必要であるといえます。また発言についても、内容や伝え方によってはパワハラとみなされる可能性もあるので、十分に注意してください。
出典:あかるい職場応援団-職場のハラスメントの予防・解決に向けたポータルサイト ハラスメント基本情報|厚生労働省
パワハラ防止法により、企業には以下のすべての措置を講じる義務があります。
それぞれの措置に対する具体的な対策方法について解説します。
事業主の方針の明確化およびその周知・啓発について、以下のように定められています。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備としては以下が挙げられます。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
また、相談に来る労働者は、心身に傷を負っているうえ、相談すること自体に大きな不安を抱えていることも考えられます。相談時には以下のことに留意してください。
ハラスメント発覚後の迅速かつ適切な対応とは、以下のとおりです。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
上記とあわせて以下のような措置も求められています。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
パワハラ防止法により企業に義務付けられた措置対応は容易ではありません。しかし、パワハラは規模や業種を問わずどの企業でも起こりうるものであり、パワハラ対策の構築は企業にとって非常に重要な課題です。
また、防止措置を企業がしっかり講じることで、労働者一人ひとりがパワハラを正しく理解でき「パワハラを放置しない」「パワハラの被害者も加害者も生じさせない」という意識が芽生え、働きやすい職場環境の実現につながると考えています。