目次
少子高齢化による労働力の確保や生産性向上を経営課題とする企業が増加する中、「健康経営」に取り組むことで、生産性向上、従業員の採用・定着、企業イメージアップの効果が期待できます。
この記事では、健康経営の基本から、目的、導入のメリット・デメリット、推進の手順まで詳しく解説します。
健康経営とは、従業員が元気に働ける環境を整備することが会社の業績向上につながると考え、従業員の健康管理を企業が計画的・戦略的に実践する経営手法です。
従業員に自身の健康管理をすべて任せるのではなく、企業が従業員の健康管理のサポートをしたり健康的な環境を整備することに積極的に取り組んだりすることで、従業員の健康増進・組織の活性化・生産性の向上につながり、結果として企業の業績や株価に良い効果が現れると考えます。
健康経営は、米国の臨床心理学者ロバート・ローゼン博士が1944年に出版した著書の中で「健康な従業員こそが収益性の高い会社を作る」と提唱したことで広まりました。当時、従業員の医療費負担の高騰による収益悪化に悩む米国企業に受け入れられ、従業員の健康環境の整備が企業の業績向上につながるという考え方が世界中に広がりました。
日本で健康経営が注目されるようになった背景には次の要因があげられます。
労働力を確保するため、従業員の定年延長などを実施する企業が増えています。従業員の高齢化によって身体機能の衰えが進むと健康状態が悪化し、勤務に支障が出る従業員が出やすくなります。 さらに、仕事とあわせて育児・介護などに追われ心身ストレスを抱えることも多くなったことで休職や退職のリスクも高まり、人手不足はますます深刻になってきています。
病気を抱える従業員が増えると企業の健康保険料も増加するので、企業の経営を圧迫しかねません。 このような背景から、自社で人材を確保しつづけ生き生きと働いてもらうためにも、従業員の健康に配慮した経営を行うことが不可欠であると考えられるのです。
政府は、2013年6月に定めた成長戦略である「日本再興戦略」の中で国民の健康増進を図る国策の一つとして「健康経営」の普及・推進を挙げました。それからは経済産業省を中心に、さまざまな施策が実施されています。その中で、企業が健康経営を実施する目的について解説します。
近年企業に対しては、一企業として高い業績をあげるだけでなく、社会的責任(CSR)を果たすことが求められています。CSRとは「Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)」の略語で、「株主や従業員、顧客、取引先、地域社会などから信頼を得る事業を行うこと」を称する言葉です。製品・サービスが信頼できる品質であることだけでなく、公正な事業活動や環境への配慮などの取り組みが求められます。このCSRの一環で、従業員の健康に配慮した健康経営に取り組む企業が増えています。
ESG投資と呼ばれる、環境(Environment)社会(Social)ガバナンス(Governance)を考慮した投資が近年着目されています。人的資本はESG投資の判断要素の1つとされており、ESG投資の増加に伴って、人的資本への関心も高まっています。企業の人的資本を最大限に活用するために、健康経営が注目されているのです。
健康経営・健康投資のイメージ図を下記に示します。
引用:健康経営の推進について|経済産業省ヘルスケア産業課(PDF)
経済産業省では、健康経営の推進を目的に顕彰制度を設けています。健康経営の取り組みを評価する基準を作り、健康経営に取り組む優良法人を「見える化」することで、求職者や関係企業から「従業員の健康に留意し、安心して働ける会社」という客観的な評価が得られるようしています。また、基準をクリアし顕彰された法人には、融資の優遇や保証料減額、奨励金などの優遇措置を提供しています。
東京証券取引所は平成26年度から、上場企業の中で健康経営を実践する優れた企業を「健康経営銘柄」として選定しています。ESG投資など社会業価値の向上を重視する投資家に対して紹介されるので、企業からの投資が集まりやすくなります。
健康経営銘柄として選定を受ける手順は次の通りです。
2022年には、32業種から50社が選定されました。うち19社が初選定です。「健康経営銘柄2022」「健康優良法人2022」の選定・認定フローを下記に示します。
出典:健康経営銘柄|経済産業省
引用:健康経営の推進について|経済産業省ヘルスケア産業課(PDF)
健康経営優良法人認定制度とは、健康経営を実践する優良な企業を表彰する制度です。大規模法人と中小規模法人それぞれに異なる基準があり、認定手続きも異なります。
大規模法人は健康経営銘柄と同様、毎年8月〜10月に実施される健康経営度調査に回答することで認定審査を受けることができます。
中小企業の認定は下記のとおりです。
認定条件を満たすためには、事前に健康診断の実施や健康づくりの取り組みを実施するなど、健康経営に関する施策の実績が必要です。健康経営優良法人の認定基準を確認した上で、地域の保険者の健康宣言事業に参加し、実施するとよいでしょう。
引用:健康経営の推進について|経済産業省ヘルスケア産業課(PDF)
「ホワイト500」「ブライト500」とは、健康経営優良法人の中でも上位500法人を、特に優良な法人として認定する制度です。大規模法人部門の健康経営調査結果の上位500法人が「ホワイト500」、中小規模法人部門の上位500法人が「ブライト500」と認定されます。
「ホワイト500」「ブライト500」に認定されるのは、大規模法人部門で22%、中小規模法人部門ではわずか4%しかありません。
企業が健康経営に取り組むことで、従業員は健康に働ける職場環境が整備されるメリットがありますが、企業にとっても健康経営の推進は大きなメリットがあります。
従業員が不健康な状態で仕事をしていると、健康なときに比べて生産性が低下します。例えば、イライラや頭痛、腰痛などの体調不調の状態で無理して仕事をしていても、「集中力が保てずミスが出る」「判断力が低下する」など十分なパフォーマンスを発揮できません。
会社全体で従業員の健康に配慮する健康経営に取り組むと、継続的に健康管理することで従業員の健康状態がよりよくなります。ストレスも軽減し、社内に活気が出やすくなります。働きやすい職場環境が整えば体調不良による急な欠勤および対応も減り、計画的に業務を進められ、労働生産性が上がります。
健康経営をきっかけとして健康診断や精密検査の受診率が上がれば、病気の早期発見・早期治療につながり、従業員のよりよい健康状態を保てます。また、企業のサポートにより従業員の健康づくり対策に取り組むことで、バランスのとれた食事や運動の習慣など、従業員に健康的な生活習慣が身につきます。その結果、生活習慣病を引き起こすような肥満や運動不足の解消にもつながり、長期的観点での医療費軽減も期待できます。
健康経営への取り組みを社内外へ発信することで、「従業員を大事にする働きやすい企業」と認知されるようになります。「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」に認定されなくても、健保組合や都道府県の「健康宣言企業」として宣言し、実施状況をホームページや会社案内、名刺などで訴求するだけでも効果があります。
従業員が実際に健康経営に取り組み少しずつ成果が出れば、社外から見ても明るい健康的な組織だということが明らかになります。求職者や取引先からの評価だけではなく地域からの信頼も高まり、企業ブランドイメージの向上につながります。企業イメージの向上は採用にも影響し、優秀な人材の獲得が期待できるでしょう。
健康経営に取り組むことで、採用や人材定着に効果があると言われています。健康経営の一番の効果は、社内で社員同士が互いの健康に留意し思いやる気持ちが定着することです。職場の雰囲気が明るくなりコミュニケーションが活発になれば、エンゲージメントが向上し、人材の定着にも効果があります。
健康経営のメリットは多いですが、実際に取り組むときには注意が必要な点もあります。
健康経営は全社で行う長期的な取り組みであるため、すぐに投資効果が現れることはあまりありません。取り組みによっては従業員の個人差が影響して効果がわかりにくいという特徴があります。 導入計画を立てる段階で、個人や部署の具体的な行動目標を立てて継続的に実施し、記録を残しながら、数か月・半年後とロングスパンでの効果測定を行うことがおすすめです。
例えば、「メタボ従業員を半減する」ではなく、「3人以上の従業員が、週3日以上、一日8000歩歩くことを達成する」など、具体的に数値で測れる目標設定を行うと継続しやすいです。
健康経営を導入してPDCAを回していくには、従業員の健康データの取得や分析、および検証が必要です。健康診断結果、ストレスチェック、勤怠情報、睡眠や運動の記録など、健康経営の取り組みによって取得するデータも異なります。効果測定のためにデータを集計し検証するためには、全社の従業員のデータを取得し集計する必要がありますが、これは簡単なことではありません。データの収集や検証を行う専用のシステムもありますが、導入に費用もかかります。
健康経営を実施するには、健康経営の担当者はもちろん、一般従業員にも通常の業務以外の会議や、取り組むための時間が必要になります。運動や食事の改善に取り組んでもすぐに効果が現れないため、精神的な負担を感じる人もいるかもしれません。健康増進を目的にしながら、従業員の負担が増えると逆にストレスになってしまうこともあるので注意が必要です。
企業の健康経営の取り組み手順と留意点を解説します。最初は協会健保などの健康経営の認定制度の資料を集め、取り組み手順を検討することから始めましょう。
健康経営は全社をあげて取り組むため、経営者が目的を明確にして経営方針として明文化して定め、社内外に公表する必要があります。
一人ひとりの従業員が自分ごととして健康経営に取り組めるように、社内研修や情報発信を行います。
総務・人事部門だけでなく、産業医や健保組合、各部門の従業員が参加し、組織横断型のプロジェクトチームを整備します。チームは経営者直下の組織とし、ある程度の裁量権を持つ、従業員の行動を促すチームとします。
健保組合、県や市など行政の健康経営支援を有効活用し、医療や運動・栄養の専門サポートなど、外部の相談機関や支援策を活用しましょう。
専門サポートの例として、東京都では「健康経営アドバイザー」、大阪府では「健康経営ナビゲーター」の派遣制度があります。健康経営に取り組む企業からの依頼で、中小企業診断士、社会保険労務士、保健師、管理栄養士など、健康経営の専門知識を持つ専門家が、社内研修や健康経営計画作成、食事や健康週間の指導などを行う制度です。
健康経営は取り組み内容が幅広く、ゴール設定が難しいことはよくあることです。経済産業省や都道府県、健保組合の健康経営推進サイトには、多数の事例集があります。すでに健康経営に取り組んだ企業の事例を参照しながら健康経営のゴール設定をするとよいでしょう。
現状把握をする際は、健保組合などの「健康企業宣言」チェックシートを使って行うのがおすすめです。健保組合、もしくは都道府県から健康企業宣言の申請書類を取り寄せ、チェックシートを使って現状把握します。
健保連・東京連合会の例を示します。
引用:健康企業宣言「銀の認定」・「金の認定」を目指しましょう|健康保険組合連合会 東京連合会
チェックシートの各項目の基準を達成するには何をすればいいのかは、採用基準に記されています。それを元に、自社の健康課題をまとめましょう。健保組合・都道府県に応募用紙を送付すれば、「健康企業宣言」企業として受け付けされます。
チェックシートの結果や日頃の従業員の生活習慣から、自社で効果ある取り組みに優先順位をつけ、年間計画としてまとめます。
決定した取り組みごとに、実施方法を検討し実施します。取り組みの目標を設定し、共有の上、記録を残しましょう。
一方的に決めて実施するのではなく、参加者の希望や実施後の効果を聞きながら、より継続性と効果のある取り組みを心がけます。
取り組みの成果は、数値やグラフ、写真で記録として残します。増減や達成率などを、個人別・チーム別で時系列に記録することもおすすめです。
実績だけでなく参加者の意見・アンケートや産業医、健康経営の専門家のアドバイスも参考にして、改善を図ります。
健康経営の取り組みは長期間継続するものなので、担当者の異動や業務の繁閑、年度変わりにかかわらず定着していくよう、社内外へ発表会を行ったり記録を定期的に作成したりすることで定着化を図ります。
働き方改革などの法改正に対応した「労働環境の整備」は、多くの中小企業が抱える重要課題の一つとなっています。労働力を確保するためにも、安全で働きやすい職場環境を作ることは喫緊の課題です。
長時間労働の是正や有休取得推進が求められる中、人手不足なのに健康経営まで取り組むのは難しいと感じる経営者も少なくないでしょう。しかし、実際に健康経営に取り組んだ優良法人の多くは、健康経営に取り組んで従業員の労働時間を削減し、その上でより良い労働環境の整備に成功しています。
企業全体として健康経営に取り組むことで、仲間の健康を配慮する組織文化が醸成され、縦割りの業務分担から全社視点で効率の良い働き方ができるようになったことが大きな要因でしょう。
健康経営に企業全体で取り組むことで、社員の健康以上に、組織の活性化や企業の成長性の向上に好影響が見込めるのです。
今回は、健康経営の基本から、目的、導入のメリット・デメリット、推進の手順まで解説しました。従業員の健康管理を経営課題として取り組むことで、生産性の向上や従業員の採用・定着、さらに企業イメージアップの効果があります。
しかし、闇雲に取り組んでも期待する効果は得られません。会社全体で長期的な健康経営を推進するためのプロジェクトチームを作り、「健康経営優良法人」などの認定制度を利用しながら、期待する成果を目指していきましょう。