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最近「リスキリング」という言葉を、あちこちで耳にするようになりました。「当社もリスキリングに取り組むぞ」と意気込み、予算を確保し、様々な研修メニューを用意した企業も多いはずです。しかし、いざ始めてみると、思うように使われない、受講率が上がらないという声も少なくありません。
リスキリングや人材育成の制度設計を担当している人事担当者、そして研修や資格取得支援の効果が出ていないと感じている経営者にとって、制度が思うように機能しない理由を理解し、自社の実情に合わせて設計を見直すことは欠かせないテーマです。
人的資本経営という考え方が広まり、人材育成にかける投資を開示・説明する企業も増えています。予算や制度そのものは充実してきている一方で、「用意したのに使われない」という声も、以前より多く聞かれるようになりました。
このような状況は、決して珍しいものではありません。むしろ、真面目に人材育成へ投資しようとする企業ほど陥りやすい落とし穴です。予算をつけ、制度を整えるという最初の一歩を踏み出したことで落ち着いてしまい、そこから先の「実際に使われる仕組みにする」という、もう一段階の運用設計にまで意識が向きにくいのです。
本記事では、リスキリングに関して実際に起きているよくあるパターンと、そのようなことが起こる理由、助成金活用時の注意点、そして会社の実情に合わせた設計のヒントについて解説します。

「予算をつけ、制度を整えたのに使われない」という状況は、実際の現場ではさまざまな形で表面化します。
よく見られるのが、学習支援制度が、実際には転職や独立を控えた社員に使われることが多いという現象です。会社としては社員の定着を期待して用意した制度が、結果的には転職準備を後押ししてしまっているケースです。多額の教育費をかけた社員が、直後に退職してしまうのは会社にとって大きな痛手です。とはいえ、学んだ内容や取得した資格を武器に、条件のよい会社へ移る社員が一定数出てくることは、ある程度想定しておく必要があります。
また、研修の受講率やアンケートの満足度は高いのに、現場に戻ると行動が変わらないという現象もよく見られます。研修直後は「勉強になった」という感想が並ぶものの、日々の業務に追われるうちに、学んだ内容そのものが薄れ、忘れられていくという流れです。研修の企画側からすると、満足度アンケートの数字だけを見て「成功した」と評価してしまいがちです。しかし、受講者の行動の変化が継続しているか、研修の成果が業務の実績に結びついているかどうかは、別の指標で継続的に確認する必要があります。
さらに、スキルマップなど可視化のための仕組みを作ったものの、更新されずに形骸化していく現象もあります。導入時には社員も前向きに協力してくれますが、更新の手間や評価との接続が弱いために、次第に使われなくなっていきます。半年もすると、誰も見返さない古い情報が残ったままの状態になっていることも珍しくありません。何事も、導入直後は気持ちが盛り上がるものですが、その熱量を保ち続けることは簡単ではありません。ツールを導入すること自体が目的化してしまうと、運用を続けるための仕組みまで手が回らない、という点は他の人事施策にも共通する落とし穴です。
こうした現象に共通しているのは、制度を設計した時点では合理的に見えていたはずの前提が、実際に運用してみるとうまくいかないという構造です。学習支援は「支援すれば定着につながる」、研修は「受けさせれば行動が変わる」、スキルマップは「作れば活用される」という狙いが、それぞれ現場の実態と噛み合わなくなっているのです。
リスキリングの実態を知る
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人的資本経営という言葉が浸透し、国の助成金制度も後押しする中で、リスキリングのための予算や制度を用意すること自体は、以前より格段にやりやすくなりました。しかし、制度や予算を用意することと、社員が実際に学ぶこととの間には、いくつもの壁があります。
ひとつは、学んだ内容が人事評価と紐づいていないことです。リスキリングの名のもとに新しいスキルを身につけても、評価や処遇に反映される仕組みがなければ、学習する動機は長続きしません。「新しいことを頑張って学んでも給料や評価が変わらない」と感じてしまえば、業務に追われる中で学習が後回しになるのは自然なことです。
また、業務時間内に学ぶ時間が確保されていないことです。「時間外に自己研鑽として取り組んでほしい」という前提で制度を設計してしまうと、結局は個人の意欲と体力頼みになってしまいます。特に繁忙期には、学習の優先順位が下がります。
さらに、学んだ後にどのようにキャリアが広がるのかが見えないことも、大きな要因です。スキルを身につけた先に、どのような異動や役割の変化が待っているのかが不透明なままでは、学習のゴールがあいまいになってしまいます。「学んでおけば、もしかしたら今後のキャリアに役立つかもしれない」「学んでおいて、たぶん損はない」という漠然としたメッセージだけでは、日々の業務を優先する社員の背中を押すことはできません。
そして、上司自身が学び直しの必要性を感じておらず、部下の受講を積極的に後押ししていないことも、学習が定着しない一因です。制度としては用意されていても、現場のマネージャーが緊急性の高い業務の指示ばかりを優先し、部下のキャリアに中長期的に資するリスキリングへの理解が追いついていない、というケースを私自身、何度も見てきました。上司の態度は、どんな制度の説明よりも社員の行動に影響を与えます。
キャリア自律との接続が重要
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こうした障壁は、それぞれ単独でも十分に学習を阻害しますが、実際には複数が同時に重なっているケースがほとんどです。評価に反映されず、時間も確保されておらず、上司も後押ししていない、という状況では、社員が自発的に学び続けることを期待するほうに無理があります。制度を見直す際は、どれか一つを直せば解決すると考えず、複数の壁が同時に存在している可能性を念頭に自社の状況を点検することが欠かせません。
こうした「うまくいかない理由」のもう一つの派生形として見落とされがちなのが、助成金の申請ありきで話が進んでしまうケースです。助成金を活用して予算や制度を整えたことに満足し、そこから先の運用設計にまで意識が向かないまま学習が定着しないという構造は、ここまで見てきた壁と根は同じです。次に、助成金の活用とその落とし穴について具体的に見ていきます。

リスキリングを後押しする制度として、厚生労働省の「人材開発支援助成金」が広く活用されています。特に「事業展開等リスキリング支援コース」は、中小企業であれば経費の最大75%、訓練期間中の賃金についても1人1時間あたり1,000円の助成が受けられる、手厚い制度です。ただし、この制度は本記事執筆時点では、令和8年度末までの時限措置とされており、今後の継続については未定です。
※注 制度内容の最新情報は厚生労働省の公表資料をご確認ください。
対象となる訓練の幅も広がってきており、新規事業の立ち上げやDX・GX推進に伴う訓練だけでなく、企業内の人事・人材育成計画に基づく訓練も対象に加わっています。制度の使い勝手は年々改善されている一方で、要件や様式は改正のたびに変わるため、活用を検討する際は、その時点の最新情報を確認する必要があります。見直しのタイミングによっては、申請書類の様式や必要な添付書類が変わることもあるため、社内で担当者を固定し、最新情報を継続的に追える体制を作っておくと安心です。
こうした助成金の存在は、企業がリスキリングに投資しやすくなるという意味で歓迎すべきものです。一方で、助成金の要件を満たすための計画書や申請書類を整えることに意識が向きすぎると、「制度を作ること」自体がゴールになってしまうリスクもあります。書面を整えることと、実際に学びが定着する仕組みをつくることは、別物だと考えておく必要があります。助成金の申請支援を社会保険労務士等の専門家に依頼する場合も、この2つを混同せず、両方の視点を持ったパートナーを選ぶことが望ましいでしょう。
助成金の申請には、訓練計画の事前届出や、訓練時間の記録など、一定の事務負担が伴います。この事務作業自体が悪いわけではありませんが、書類を整えることに時間を取られすぎて、肝心の「学んだ内容をどう活かすか」という設計に手が回らなくなってしまっては、本末転倒です。助成金はあくまで資金面の後押しであり、制度設計そのものの答えを与えてくれるわけではない、という前提を忘れないようにしたいところです。申請の実務は専門家に任せつつ、制度の中身の設計は人事が主導する、という役割分担を意識しておくと、両立させやすくなります。

まず、業務時間内に学習時間を確保できるよう、上司の業務配分にも踏み込むことです。「時間があれば学んでほしい」ではなく、「この時間は学習にあてる」という前提で業務量を調整しなければ、実際には学習時間は確保されません。月に数時間でも、あらかじめカレンダーに学習時間として確保しておくと、他の予定に押し流されにくくなります。また、個人でルールを決めて時間を確保するのもよいですが、チームで「毎週水曜日、15:00~16:00の1時間は学習時間に充てる」と決めて、皆で取り組むことで長続きする可能性が高まります。学習コンテンツを「必須」と「任意」に区分し、「必須」のコンテンツについては業務扱いとして就業時間内の学習を義務付けることも、学習を定着させる一つの方法です。
次に、学んだ内容を評価制度や配置転換の判断材料と接続させることです。スキルを身につけたことが、具体的な評価や役割の変化につながる仕組みがあれば、学習する動機は自然と生まれます。評価項目に新しく組み込むことが難しい場合でも、上期・下期の面談で「学んだことをどう業務に活かしたか」を確認する項目を一つ加えるだけでも、意識は変わってきます。
また、上司自身を巻き込む形で、リスキリングの意義を伝える機会を設けることも重要です。管理職自身が学び直しの当事者として関わることで、部下への説得力も変わってきます。管理職向けの研修を先に実施し、部下への展開はその後に行うという順番を意識するだけでも、現場の受け止め方は変わります。管理職が「自分もこの内容を学んで役に立った」「メンバーの皆さんにもぜひ学んでいただきたい」と語れるかどうかは、部下の受講意欲に直結します。
そして、すべての制度を一度に完璧に設計しようとしないことも大切です。学習時間の確保、評価制度との接続、上司の巻き込みのいずれも、一朝一夕には整いません。まずは影響力の大きい一つの施策から着手し、効果を見ながら次の設計に進めていくほうが、結果的に定着しやすい制度になります。制度全体を一度に作り込もうとすると、どの部分も中途半端なまま運用が始まってしまい、かえって形骸化を招きやすくなります。
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「制度を用意すること」と「社員が実際に学ぶこと」は別物です。予算をつけ、研修を整えるだけでは、狙った効果は生まれません。
学習時間の確保、評価制度との接続、そして上司の巻き込みという、地道な設計の積み重ねが重要です。制度を作った後こそが、本当のスタートだと捉えておくとよいでしょう。「用意すれば学ぶはず」という前提を一度手放し、自社の社員の意見に耳を傾け、学習の実態や阻害要因を明らかにするところから、設計・運用を見直してみてはいかがでしょうか。
リスキリングの成果は、受講率や満足度といった分かりやすい指標だけでは測れません。学んだ内容が実際の業務にどう活かされているか、異動やジョブチャレンジにつながっているか、半年後、一年後にどのような変化が見られるかを、時間をかけて見ていく姿勢が求められます。短期的な数字を追いかけるあまり、制度の本質的な狙いを見失わないようにしたいところです。数字で測りにくい変化については、現場のマネージャーへのヒアリングなど、地道な方法で拾い上げていく必要があります。
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