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企業が障がい者を雇用する場合は、障がい者一人ひとりに寄り添った「合理的配慮」の対応が求められます。しかし、合理的配慮とはどのようなものか、具体的にどのような対応を取れば良いかがわからず、不安を抱える企業も少なくないでしょう。本記事では、合理的配慮とはどのような内容か、合理的配慮を行う際のポイントや具体的な事例を解説します。
合理的配慮とは、障がい者が生活する際に、何らかの援助が必要な場合に、その原因となる障壁を取り払うために必要な変更や調整対応を指します。このことは、障がい者がほかの者と同様に人権や基本的自由を確保するために必要な考え方として、「障害者差別解消法」などの法律で定められています。
合理的配慮の特徴は、「一方的な配慮ではなく、配慮する側・される側がともに意思表示が確認できた場合に成立する」ということです。
つまり、何らかの対応が必要であるという障がい者からの意思が確認できた際に、負担が大きすぎない範囲内で対応に努めることが「合理的配慮」といえます。
合理的配慮は、2016年に成立した「障害者差別解消法」や「障害者雇用促進法」の改正により生まれた考え方です。これらの法律が定められる前までは、障がい者が抱える身体障がいや知的障がい、精神障がいは障がい者個人の問題であるため、障がい者自身が社会で生活していくために訓練する必要があるという考え方が主流でした。
しかしその後、「障がい者がほかの者と同様に生活することに困難が生じてしまうような社会のほうに問題があるのではないだろうか」という考え方が生まれました。
そこから、障がい者を取りまく考え方や環境を整備していく流れが生まれ、2016年成立の「障害者差別解消法」などへつながっていったのです。
障がい者にまつわる法律が合理的配慮とどのようにつながっているか、法律ごとに詳細を確認します。
障害者差別解消法とは、障がい者とほかの者がともに住みやすい社会になるように定められた法律で、障がい者に対する障がいを理由とした不当な差別を禁止しています。
この法律では、障がい者が普段の生活の中で何らかの障壁により生活しづらいと感じ、対応が必要だと意思表示した場合に、行政や事業者が可能な範囲内で対応する合理的配慮を実施するよう求めています。
障害者雇用促進法とは、障がい者の職業安定を目指した法律で、国民それぞれが障がいの有無で隔てられることなく、互いに尊重しながら共に生活していく社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念のもとに定められています。この理念は職業生活においても同様で、障がい者がひとりの国民として自身の能力をいかんなく発揮し働けるような機会を得られるよう求められています。
障害者雇用促進法では、障がい者が仕事をする際に生じる支障を改善するため、事業主に対して合理的配慮の実施が義務づけられています。ただし障害者差別解消法のケースと同様に、合理的配慮措置は事業主が可能な範囲での対応とされている点にも特徴があります。
「障害者権利条約」という名称に馴染みのない事業主もいるかもしれませんが、これは21世紀初めの国際人権法に基づいた条約で、障がい者の人権や基本的自由の享有を確保し、尊厳が尊重されるための措置が定められています。この条約をもとにして、前述の「障害者差別解消法」や「障害者雇用促進法」が成立し、障がい者を取りまく法律が整備されてきました。
合理的配慮という考え方も本条約で具体的に定義づけられ、「障がい者がほかの者と同じく平等な立場であることを基礎として、人権および基本的自由が確保されるために必要な対応のうち、特定の場合において必要であり、過度の負担がかからないもの」とされています。
障がい者に対する合理的配慮を実施していく際に重要な3つのポイントを解説します。
合理的配慮を成立させるためには、障がい者が仕事において何らかの支障をきたす状況に置かれた際に、遠慮せずに申し出てもらえる環境を作ることが必要です。
有効な対応策の一つは、企業と障がい者が初めて対面する採用面接の中で、どのような配慮が必要なのかなどを申し出やすい状況を作ることです。障がい者の中には、自分自身がどのような対応が必要なのかを把握しておらず申し出る必要性に気づいていない者や、配慮を申し出ると採用されないのではないかという不安を抱える者などがいる可能性があります。
まずは企業側から、配慮の申し出を行うことは双方にとって重要であること、そして申し出を遠慮する必要はないことを伝え、障がい者に安心してもらうことがポイントです。
合理的配慮とは、障がい者とほかの者の双方で意見を出し合い、すり合わせを行うことが必要 です。しかし、事業主側に過度な負担がかからないことが要件となるため、たとえば、サポート人員が大幅に必要となる場合や、多額の資金を要する場合、作業スペースの増築などの大掛かりな工事が求められる場合などは検討が必要です。
過度な負担がかかり実施が難しい場合でも、「無理です」と拒絶してしまうのではなく、実現が難しい理由を丁寧に伝えた上で、ともに代替案を検討するなどの措置が求められる点に注意しましょう。
合理的配慮を実施しない企業への罰則規定は、現時点では設けられていません。
しかし、同じ事業主が障がい者の権利を幾度となく阻害するような差別を行うケースや、改善の兆しが見られないケースなどには、その事業主に対して事業担当の大臣が報告を求める場合があります。これに対し、虚偽の報告内容を伝える場合や、報告をしない場合は、20万円以下の過料が科せられる場合があります。
障がい者が合理的配慮を申し出るまでの流れについて、順に解説します。
合理的配慮は、障がい者からの意思表明がスタート地点です。
障がい者自身が、仕事をするにあたってどのような支障や懸念点を抱えているか、本人の申し出から確認します。また申し出と同時に、障がい者手帳や医師の診断書、専門家の所見が記載された資料などを参考にすることも必要です。
前述のとおり、意思表明がない場合でも、障がい者自身が状況を理解していない場合や申し出を遠慮している可能性もあるため、話しやすい環境づくりを心がけましょう。
具体的な配慮の内容について、双方で意見交換をしながらすり合わせします。障がいの程度により話し合いを進めることが難しい場合は、保護者などの支援を受けながら、障がい者本人の意思ができる限り尊重されるように進める必要があります。
また、配慮内容により事業主側へ過度な負担が強いられ対応が難しい場合は、事業主が真摯に説明を行い、ほかの対応候補を提案する態度が求められます。
具体的な配慮を実施するための段階として、社内へ周知する必要があります。
障がい者に対する配慮は、事業主のみならず、社員の理解が必要不可欠です。会社全体で配慮内容を理解し、実施できる環境を整備しましょう。
合理的配慮は、前述のとおり、障がい者とほかの者との相互理解が必須です。ただし、常に変化する社会情勢の影響を受け、合理的措置と判断されていた内容が、しばらく後になって妥当ではないと判断されるケースも考えられます。
これに対応するため、事業主は合理的配慮内容の評価を定期的に行い、必要であれば内容の見直しを実施しなければなりません。
障がい者に対する合理的配慮を行う具体例を紹介します。
職場の席や備品の場所、給湯室やトイレの場所が分からない場合に備え、事前に一日の流れを説明しながら移動訓練を実施する。
視覚障がいを持つ者などが転倒しないよう、危険と判断される荷物をあらかじめ撤去する。
記載内容が見づらい場合に備え、見やすい色・見えにくい色の事前リサーチを実施し、太字・波線による協調など、記載内容を工夫する。
読み上げソフトを活用し、ソフトの使用方法を事前に教示する。
発言者の名前が分かるよう、ほかの社員は発言前や挨拶時に名前を名乗るようにする。
仕事中に業務内容の確認がしやすいよう、言葉が聞き取りやすいように座席配置を工夫する。
出入り口やトイレ、非常口などの動線が分かりやすいような場所へ配置する。
通訳者や保護者、介助者の同行が必要な場合は、その者の座席を準備する。
合理的配慮は、障がい者への差別を禁止するためではなく、国民すべてが障がいの有無で隔てられないようにするための配慮といえます。職場で能力を発揮できない障がい者が一人でも少なくなるよう、まずは社内環境の整備や事業主、社員の意識を変えていく取り組みから始めてみてはいかがでしょうか。
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