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市場やテクノロジーの変化により、企業には抜本的な改革が求められています。
その改革の土台となるのは「効率化・生産性向上」。その効果とインパクトからBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が再度、注目されています。
この記事では、BPRの勘所や進め方、効果や手段について、基本からわかりやすく解説します。
「BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)」とは、事業や業務の本来の目的を果たすため、組織や業務プロセス、制度、情報システムなどの既存の仕組みやルールを、最も適した視点からゼロベースで組み直すことです。
BPRが提唱されたのは1990年代で、1993年に発表された『Reengineering the Corporation: A Manifesto for Business Revolution』(マイケル・ハマー&ジェイムズ・チャンピー著 野中郁次郎訳 『リエンジニアリング革命: 企業を根本から変える業務革新』 日本経済新聞出版)により、全世界に広がりブームになりました。
そして、ビジネス環境の大きな変化によりBPRが再注目されています。
少子高齢化に伴う労働人口減少化といった労働市場の変化や、ワークライフバランス、働き方改革といった労働者の意識変革、DX化などに対応するため、業務を抜本的に見直す必要性が高まり、BPRは改めて注目されるようになりました。テクノロジーの進化により、以前よりも安く効率的なBPRの手段(システムや外部サービスなど)が増えてきたことも注目されている理由の一つです。
BPRと似た言葉に「業務改善」があります。その違いは対象範囲とアプローチです。BPRは組織全体最適の視点で業務プロセス、組織、制度、情報システムといった仕組やルールを抜本的に見直すトップダウンのアプローチです。組織をまたがった業務プロセスの再設計等、全社対象で行う改革となります。
一方、業務改善は個々人の仕事を創意工夫し改善を行い、その改善を組織で積み上げて組織全体の業務の効率化を狙う、ボトムアップのアプローチです。
したがって、業務改善は組織をまたがった業務プロセスを改善するというよりも、現在の組織や業務プロセスを是として、関わる人々が自分の担当領域を改善し続けていく日々の活動となります。
BPRとDXは、目的と手段が大きく異なります。「DX」はデジタルテクノロジーを活用することでビジネスモデルそのものに変革をもたらし、そのビジネスモデルにあわせた組織や制度、情報システムなどを設計することです。
BPRは、現在のビジネスモデルを是とした上で、企業全体の業務プロセスや組織構造の再構築を行うことで効率化を図ることを意味します。言わば、BPRは、DXのようにビジネスモデルを変えず、全社最適の業務プロセスの改革によって企業全体のパフォーマンスを改善することになります。
BPRの目的は「業務の効率化と最適化」「生産性の向上」「コスト削減」「従業員満足度・顧客満足度の向上」を実現することです。
BRPの目的や意図を理解せずに実施すると、労力や時間だけがかかり失敗するリスクがあります。ここでBRPの目的を理解しましょう。
全社にわたる業務プロセスをゼロベースで見直すことで、その業務プロセスが最適化されます。結果、最大限の効率化が実現できます。
BPRの効果は効率化だけに留まりません。効率化を通して浮いた経営諸資源を業績や成果に直結する重要な機能や業務に再配分できるため、生産性が著しく向上します。
全社の業務プロセスが最適化されるため、様々なコストが削減できます。
同じ仕事でもより少ない人数で仕事を回せる、残業が減る、などの人的コストの削減だけに留まらず、在庫の適正化も図れるため、仕入れコストや保管料などの在庫管理コストの削減、管理項目も減少など様々な管理コストまで幅広くコストを削減できます。
BPRは効率化により残業時間も減るうえ、より重要な仕事に集中できるなど、働き方が変わりモチベーションが向上しますが、それだけに留まりません。
BPRは従業員を巻き込んで実施していくことで、ただ目の前の仕事をこなす視点から、全社最適の視点に変わることで担う仕事の意味や価値を深く考えるようになり、意識改革に繋がります。結果、従業員満足度が上がります。
対顧客に対しても、納期のスピードアップや、提供サービスの質も向上するなど、顧客満足度も向上します。
BPRは企業だけでなく、自治体などの非営利組織でも導入され効果をあげています。ここでは生産性が大きく向上した事例、大幅にコスト削減ができた事例について詳しく解説します。
IT製品やサービスのリース(融資)サービスを行うA社の事例です。A社は、現場の営業からの融資要請から審査の完了までの時間が平均6日かかり、審査機関中に顧客を失うことが多々ありました。
そこで、以下の観点から融資の要請から審査完了までの全プロセスをゼロベースで見直すBPRを実施しました。
①個々の審査スピードをあげるのではなく、一人で全て処理できるようにする
②業務プロセスを、押さえるポイントと判断基準を含め、標準化する
これまでのプロセスでは、信用調査係やプライシング担当者など、複数のスペシャリストの審査を得る必要がありましたが、各業務のスペシャリストを複数の業務ができるゼネラリストにリスキリングしました。
さらに、どうしても人がチェックすべき事や判断基準を可視化し、業務の標準化を進め、案件処理のシームレス化を推進できるシステムを導入した結果、審査にかかる時間を6日から4 時間に大幅短縮することに成功しました。
グループ会社を多数抱える製造業B社は、市場環境の変化により、収益の柱であった中核事業の売り上げが急激に悪化したため、会社の機構改編を含む大規模な構造改革に取り組みました。
改革の中心の一つが業務効率化。シェアード・サービス会社を設立し、間接業務を中心に業務を集約し、標準化をはかることで効率化に成功しました。
最初は総務や人事を中心とした間接業務を中心に比較的安定的な業務を集約し、標準化することからスタート。
次に、間接財購買もシェアード・サービス会社に集約することで、大幅な効率化に成功しました。結果、販売費・一般管理費比率が競合企業よりも高かった状態からトータルコストを約半分にすることができました。
成功要因は、経営のコミットやリーダーシップは勿論のこと、イントラネットや動画、メールなどの社内広報で経営と現場の双方向のコミュニケーションを充実させたことで社員が一致団結して協力する企業文化を後押ししました。
また、マネジャー層を中心に研修などの人材開発施策を強化し、参加者間のコミュニケーションや連携が強化された結果、課題の議論や各自の役割ややるべき事の明確化と共有が進み、組織の壁が低くなりました。グループ間でのコミュニケーションの効率もあがったことがBPR推進に多く寄与したようです。
シェアードサービスについては、「シェアードサービスの効果と対象業務、メリット・デメリットとは?」で詳しく解説しています。
BPRの目的や効果を理解し正しく実施すれば自社にとってメリットがありますが、失敗すると工数やリソースだけがかかるリスクがあります。BPRを失敗せず、成功させるために以下の点に留意しましょう。
当然ですが、BPRの取組みに経営者が本気でコミットしていなければ、事務局がどんなに意味ある基本計画を策定し、従業員にコミュニケーションを図っても、現場の社員の心を打つことはありません。
BPRを成功させるには「経営者の強いメッセージの発信」が不可欠です。
経営者自らが、BPRを行う目的は何か、目標としてどこを目指す必要があるか、勝算がありどのような方針で行うのかを明確にして組織全体に伝え、浸透させることが求められます。
経営者がメッセージを発信する時は、トップダウンの命令や通達では響きません。取り組んだ結果、どんなメリットが社員にもあるか、どんなことをお願いする代わりにどんな約束を守るのかを「あるべき」ではなく「本音」で伝えることで、初めて現場の社員は安心してBPRに取り組む一歩を踏み出せるようになります。
また、経営者のコミットを取り付けることで、BPRという手段が目的化することを防ぐ効果があります。
BPRは、トップダウンで経営が明確な目的や目標、方針を示すだけではなく、現場の従業員の実行や工夫・改善、提案も必要です。
したがって、トップダウンだけでなく、ボトムアップの双方からのアプローチがBPR成功の要諦になります。トップダウンのアプローチが強すぎると、実質指示・命令になり、現場の従業員の主体性が失われてしまいます。結果、その場しのぎの形式的な取り組みに繋がる可能性が高まります。
また、ボトムアップだけでは、全社レベルの調整や経営判断を行うことが難しいため、単一のチームなど局所的な単位での改善レベルでしか実行できなくなってしまいます。
トップダウンのアプローチをとるとともに、現場の自律的な取り組みを促進し、それを引き出すボトムアップのアプローチも必要です。その結果、トップの英断とボトムアップの創意工夫が組み合わさり、効果が最大限引き出されるようになります。
「現場で今すぐできそうなことからはじめてみよう」と小グループで行うQCサークルの改善活動のように見切り発車することは危険です。なぜなら、BPRの対象は個人の活動範囲でなく、全社レベルの最適化なので、そもそもアプローチが異なるからです。
Aという部署が効率化できても、全社視点でみると、その効率化より違うことを行うことが全社最適だったりすることが多々あります。
やり直しになると部署Aの効率化の取組み自体が無駄になりますし、部署Aの要員のBPRに対するモチベーションも落ちます。その様子をみている他部署も部署Aのようにならないよう様子見になります。コミットメントがバラバラでは部署間の業務の調整も足並みも揃いません。
BPRを成功させるには、仕掛けは一部の狂いもなく精密に準備しておく必要がありますし、経営や現場のキーマンには根回しを行い、協力とコミットを取り付けてからスタートすることがセオリーです。
現場の従業員に改革の当事者意識を持ち活動してもらうことも、BPR推進の勘所です。
BPRの取組みを日々のマネジメントに取り込みましょう。評価制度の目標設定にBPRの取組み内容を組み込むことや、進捗状況を全社で可視化し、表彰や褒章することを経営に約束させ、実行することも重要です。
人は、実際に評価されることに集中する習性があります。日常の役割に沿った業績や成果だけでなく、BPRの進捗も経営や全社に正式に認められ評価されるようにすることで、取り組みに対するモチベーションが持続します。
BPRは効果が大きい分、取り組みも全社や事業全体など幅広く抜本的なものになるため、効果がでるまでの一定期間、従業員に負荷がかかります。
BPRが中途半端になると、かけた工数、リソース、期間が物理的にムダになるだけでなく、従業員の挫折感や敗北感も強く影響するため、BPR実施前より非効率で非生産的な状況に陥りかねません。
こうならないためにも、BPRはコツをおさえた進め方が肝心です。
BPRは実施する「目的と目標を具体化する」ことから始めます。なぜなら、目的が「効率化が大事」など、誰もが反対しない正論や曖昧な内容では、抜本的な改革を乗り切るだけのコミットを経営陣や全社員から引き出すことは難しいからです。
取り組む目的はやらねばならない理由とあわせ、達成したらどんな良いことが全社・顧客、社員にあるかまで、体温が伝わるくらい明解化する必要があります。目標が低すぎると「もっと頑張ればいい」とか「今の延長の改善でできそう」と社員が認識するため、抜本的な改革に繋げる思想やコミットを引き出しにくくなります。既存の延長では考えられないけど、無謀すぎない程度の目標を設定することで、初めてゼロベースの改革の発想に切り替わります。
あわせて、取り組みの「期間」を決めることも重要です。期間が短いと身の回りで出来ることしか考えられないほか、目標値が高いと諦めムードになります。逆に期間が不明確、長期過ぎるとBPRが惰性になってしまいます。
社員のコミットが続く期間でしっかり設定することが重要です。BPRが長期に渡る場合、1ヶ月、3か月、半年など、一定成果が望まれる単位で中間発表や表彰することでコミットを落とさず、引き出すことが可能になります。
目的、目標、期間が決まったら、成功までのシナリオを練ることです。高い目標も、こうすれば達成できそうという勝ち筋が見えることで「やれる感」を生み出し、そのシナリオを信じ、足並みを揃えながら全社で突き進んでいけるようになります。
この、目的、目標、期間、シナリオを組み上げた「基本計画書」の策定から進めましょう。
具体的には、
を基本計画書に組み込み、経営陣や関連部署に根回しを行い、すり合わせをします。
基本計画に沿って業務の棚卸しと分析を行い、ボトルネックになっている業務や課題を洗い出します。この業務分析や課題抽出を行うには従業員の協力が必要です。
BPRに取り組む意義と得られるメリットを事前に従業員に周知徹底し、納得と協力を取り付けるようにすることが肝心です。巻き込む理由は現場が業務に詳しいからだけではありません。
「人がつくったプランにはデメリットに目が向くが、自分達で考えたプランならメリットに目がいく」心理が働くため、BPRの展開と定着化に向けて現場の協力やコミットメントが取りやすくなるからです。
業務全体の分析は「コア業務(企業の直接の利益の源泉となる業務)」と、「ノンコア業務(コア業務以外)」に分類し、現状の課題を抽出していきます。
業務分析は
などのフレームワークを活用することで効率的に分析を進めていきます。
洗い出した現状と課題をもとにゼロベースで考え、最も効率的なビジネスプロセスを描き、標準化を行います。標準化は全て内製化する視点ではなく、標準化システムやアウトソーシング等、外部に出すことも視野に入れて方針や概略を設計します。
外部に出す代表例は対象となる業務範囲とキープロセスに対応した業務統合パッケージシステムの導入や、標準化しやすく再現性が高いオペレーショナルな業務はシェアード・サービスやアウトソーシングなどがあげられます。
BPRの基本計画や実施後の姿の概略や方針を踏まえ実行のシナリオを描き、経営承諾後、全社員に告知しその重要性を認識させ、コミットを取り付け実施に移ります。
実施時は以下の点をチェックしながら展開します。
また、BPR実施後、
などを行い、BPRで実現した改革の定着化をはかります。
BPRには多種多様な手法があり、目的や必要により複数の手法を組み合わせて展開されます。主な手法を紹介します。
採用活動や給与計算など、企業の業務を外部に委託することをアウトソーシングと言います。最近ではIT部門、人事部門など、社内の特定の機能を切り離して委託することをビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)と言います。
委託先が国内にあるのがニアショア、海外に出すのがオフショアと言い、当該組織や業務そのものを社外に出すので大幅な効率化が期待できます。
アウトソーシングのメリット・デメリットなどについては、「アウトソーシングとは?メリットを引き出す導入ステップを解説」をご覧ください。
複数のグループや全社で共通する間接業務機能を、専門の部門や子会社の1か所に集約することでコスト削減やサービス向上を狙うことをシェアード・サービスと言います。
最近はRPAやAIなどの先端テクノロジーをシェアード・サービスに導入し、業務効率をより高めることに加え、内製化であるメリットを活かし、情報漏洩等のリスクを低減させる動きも加速しています。
BPRを行う時はファースト・ステップで業務の「可視化」とその「共有」を行います。
業務の可視化と共有をした上で、全社最適な業務プロセスを描くため、アウトソーシングや業務の再設計等、自社にあった形で効率化の仕組みや手段を選択します。
業務の見える化は、大変労力のかかる業務ではあります。この場合、一時的に専門家を派遣し対応する方法も検討してみてください。
マンパワーグループのプロフェッショナル派遣サービス
社員それぞれが持つ知識・経験やノウハウを社内全体で共有、集約することをナレッジ・マネジメントと言います。
業務プロセスの最適化に集約される仕事以外の非定型業務について、全社員のナレッジを共有することで効率化・生産性向上を狙える効果があります。
シックスシグマとは統計分析手法や品質管理手法を体系的に用いて企業活動の様々なプロセスの分析を行い、本質的な原因を突き止め対策案を見出し、品質や顧客満足度の向上を実現する手法です。
シックスシグマという言葉は、統計学上で標準偏差(ばらつきを表す言葉)を意味する「σ」が起源となっています。「100万回の作業で不良品の発生率を3.4回に抑える」=統計学で「6シグマ」に相当するので、そう呼ばれるようになりました。
シックスシグマは、現場のボトムアップの改善活動ではなく、ゼロベースで抜本的な改革を行うためトップダウンで展開されます。
BSC(バランスド・スコア・カード)とはR.S.キャプランと D.P.ノートンによって提唱された業績評価のフレームワークで、「財務の視点」「顧客の視点」「内部プロセスの視点」「学習と成長の視点」という4つの視点で構成されます。
BSCでは「結果=事業の発展あるいは財務業績」を生み出すため、顧客、財務、社内ビジネス・プロセス、従業員の学習などのプロセスがどんな因果関係で繋がり影響しあっているかを戦略マップで可視化し、分析します。
目指す姿を実現するため、戦略マップに沿ってスコアカードを描き、BPRのポイントを抽出して実施方法や展開シナリオを策定する時に活用されます。
SCMとはサプライチェーン(調達・生産・販売・物流・販売・消費など、業務の流れ)全体で物や金、情報の流れ等を共有し、連携して全体の最適化を図る手法のことです。
需要予測などの情報をサプライチェーン全体で共有することで、過剰在庫を防ぐ、市場の変化にあわせ素早く最適化し、必要な分だけ供給する生産プロセスを実現できるなど、企業収益やキャッシュフローに直結した取り組みになります。
BPRは社内の業務プロセスの最適化を図るものですが、SCMは調達など、社外も含めた業務プロセスの最適化を実現するアプローチです。
BPRは、全社的にゼロベースで業務プロセスを見直し再構築するため、業務改善に比べて規模や工数、人的リソース、期間など大きな負荷がかかります。しかし、成功すれば、得られるメリットも業務改善を遥かにしのぐ大きなものになります。
最近では、テクノロジーの進化によりBPRに関連するパッケージシステムやサービスなど手段も増え、導入するリスク、期間、コストも以前に比べて下がりました。BPRは大掛かりな業務プロセスの刷新であり、繰り返しの実施は業務運営に支障を与えるため、何度でもできるものではありません。この記事で解説したようにきちんとステップを踏み、勘所をおさえて成功に導いていきましょう。
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