目次
2022年10月から、年金制度に関する大規模な法改正が行われ、社会保険の適用拡大が実施されます。この改正による大きな変更点のひとつが、これまで社員数500人超の大企業に適用されていた社会保険の対象範囲が、中小企業へも段階的に適用されるというものです。本記事では、具体的な法改正の内容や、改正が企業や従業員に与える影響、必要となる準備やポイントについて解説します。
社会保険の適用拡大とは、これまで社会保険の加入対象外であった企業やその従業員があらたに加入対象となることです。2022年の法改正では、一定の要件を満たしたパートタイムやアルバイト従業員が、新たに加入対象となります。
2022年の法改正の正式な呼び名は、「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」というものです。つまり、国民年金法や厚生年金保険法など、年金にまつわるさまざまな法律が関係しているのです。
少子高齢化により、現役世代となる労働人口の減少が問題視される一方で、高齢者や女性などがさまざまな雇用形態で働く機会が増加しました。
このような状況に対応するため、より多くの者を社会保険制度の対象とすることで、労働者の社会保障をより手厚いものとし、年金制度の内容を充実させていく運びとなり、今回の法改正が実現しました。
2016年の法改正により、従業員数501人以上の企業にはすでに社会保険の適用拡大が開始されています。今回の法改正により、同様の適用拡大の範囲が、2022年10月以降は従業員数101人以上の企業に、2024年10月以降には従業員数51人以上の企業に、それぞれ適用されることになりました。
なお、従業員数50人以下の規模の小さい企業は対象外であり、適用拡大の対象となる従業員の社会保険への加入は任意となる点に注意しましょう。
2022年10月以降に中小企業向けに拡大される社会保険の適用対象は、次の要件のすべてを満たすパートタイム・アルバイト従業員です。
あくまでも「雇用契約で交わした労働条件が週20時間以上」であり、一時的な残業などで20時間を超えた場合は対象外です。ただし、契約上週20時間未満の労働者も、実際の労働時間が週に20時間以上となる状況が2か月連続で続き、それが今後も続くと予想される場合は、3か月目に社会保険の適用対象となります。
残業手当や通勤手当などの各種手当や賞与などは含まず、給与のみの月額が88,000円以上である必要があります。
ただし、雇用契約の期間が2か月以内でも、就業規則や雇用契約書に「契約更新の可能性がある」という旨が記載されている場合や、同じ条件で契約更新している同僚がいる場合、実際には2か月超の期間の雇用が予想される場合などは、雇用当初より社会保険の適用対象です。
学生であっても、卒業間近に入社し、卒業後も引き続き就労し続ける場合は適用対象です。
社会保険の適用拡大における対象従業員数のカウント方法は少し複雑です。本章では、実際のカウント方法を説明します。
原則、「従業員数」とは、企業内で雇用される正社員や契約社員、嘱託社員、パート・アルバイト、臨時職員など、雇用形態を問わずすべての従業員を含めます。
しかし今回の改正でいう「従業員数」とは、「現在の社会保険(厚生年金保険)の加入対象者」を指します。具体的には、フルタイム勤務者に加え、週あたりの労働時間がフルタイム勤務者の4分の3以上の従業員をカウントします。
なお、雇用保険などでは支店・営業所・工場などの事業場ごとに加入者数をカウントする方法が通例ですが、今回は法人単位(法人番号が同じ)での算出となる点についても注意しなければなりません。また、個人事業所の場合は、事業所ごとに算出します。
給与や勤務時間の変動が多い雇用形態の従業員を雇用する企業の場合、どのタイミングで対象者にカウントすれば良いのか悩んでしまうケースもあるでしょう。
カウントのタイミングとしては、直近12か月(1年間)のうち 社会保険の加入要件を満たす 月が6ヶ月 あれば 適用対象となります。なお、カウン後に勤務時間や給与が要件を下回った場合でも適用対象外とはならない点に注意しましょう。
派遣サービスを利用して派遣社員を迎え入れている場合、派遣社員はカウントしません。派遣社員をカウントするのは、雇用契約を結んでいる派遣元の企業となります。
派遣社員の場合も、社会保険の適用拡大のルールに従うことになるため、新たに社会保険へ加入する要件を満たした派遣社員は、派遣元の企業で社会保険に加入する必要があります。
一見すると、派遣先には派遣社員の社会保険加入について影響がないように思えますが、注意点があります。
派遣料金は派遣社員の賃金に加えて社会保険料も考慮された金額として設定されています。パートやアルバイトの時給相場と比較すると、同業種の派遣社員の派遣料金が高めに設定されているケースが多いのは、社会保険料が加味された金額であるためです。
つまり、派遣元の企業は新たに社会保険の加入対象となった派遣社員の派遣料金を引き上げる可能性があります。
就業している派遣社員で、社会保険に加入していない理由が適正でないと考えられる場合、派遣先は派遣会社に対して加入させてから派遣するように求めなければなりません。
今回の改正で社会保険適用の対象となる派遣社員がいるかどうかを派遣会社に確認しておくと安心です。
今回の法改正により従業員にどのような影響を与えるのか解説します。
社会保険の適用が拡大されることで、健康保険や厚生年金保険へ加入できる従業員が増加します。加入対象となった従業員は、例えば病気やケガをしてしまった場合、健康保険を活用した給付金や、障害厚生年金を受け取れます。また、厚生年金保険へ加入することで、将来受け取れる年金額が増額となるメリットもあります。
また、これまで扶養控除の範囲内で働いていたパート・アルバイト従業員も、社会保険へ加入することで、扶養控除の基準額を気にすることなく就労生活を送ることも可能です。
扶養控除の範囲内で働いていた従業員は、社会保険へ加入することで手取りの給与額が減少する恐れがあるため、社会保険へ加入した場合の給与額をあらかじめシミュレーションしておく必要があります。
社会保険適用拡大による企業側への影響を解説します。
これまで社会保険の適用対象外であった従業員にとって、社会保険へ加入することは重要な機会です。加入前と比較すると自立した気持ちを持つ社員が多く、仕事に対するモチベーションが上がると予想されます。それに伴い、キャリアアップを目指す者も増加し、社員一人ひとりの能力アップが企業全体のレベルアップにもつながるでしょう。
令和2年9月以降の厚生年金保険料率は、給与額を元に割り出された標準報酬月額の18.3%で固定されています。社会保険へ加入する従業員の保険料の9.15%は、毎月企業側で負担しなければなりません。社会保険の適用拡大が実施された場合、当然ながら社会保険の負担額は増加し、コストが増えることが想定されます。
このような状況に対応するためには、企業の将来を念頭に置いた上で、従業員の労働条件や雇用形態を、あらためて見直す必要があるでしょう。
社会保険適用拡大に向け、企業側が行わなければならない準備や対応のポイントを順に説明します。
前章で述べたとおり、社会保険適用拡大による社会保険料負担増は、企業にとって無視できない問題です。まずは企業全体で、今後どのように従業員を雇用し、どのような分量やレベルの 仕事を行ってもらうのか、あらためて見直しする必要があります。
社会保険料の加入要件を満たさない形態で短時間の従業員を多く雇用していく場合には 、その都度採用や教育に時間や費用を要します。また、人事労務担当者の負担が増えることも念頭に置かなければなりません。
人事労務担当者に過度な負担をかけず、かつ雇用をした従業員が円滑に仕事をできるよう、業務効率化やマニュアル化もあわせて検討するとよいでしょう。
企業全体の方針を決定したら、社会保険の加入対象となる従業員を確認します。これまでも対象であった正社員に加え、パート・アルバイトなどの短時間雇用者がどこまで加入対象となるのか、一人ずつ洗い出す必要があります。
対象者の洗い出しが完了したら、次は実際に社会保険額がどの程度になるかを計算します。これまでと比較し、どの程度負担が増えるのか、経営上負担を抱えることは可能なのか、数年後を見据えた長期的なビジョンで検討しましょう。
その上で、企業の方針を変更しなければならないと判断した場合は、あらためて将来を見据えた方針を検討し直す必要があります。
次は、対象となる社員に向けて内容の周知を行います。 社内の掲示板やクラウド、メールシステムなどを活用し、対象者に向けた通知を行いましょう。 なぜ今回の対応に至ったのかを説明するため、法改正の内容も正確に伝えます。
厚生労働省では、対象者向けのチラシやガイドブックなどのデータを公開しているので活用してもよいでしょう。
厚生労働省 | 社会保険適用拡大特設サイト 動画・チラシ・ガイドブック
社内通知後は、実際に加入対象者へ向けた説明会や個別面談を実施します。社会保険は適用対象となった際は自動的に加入扱いとなる制度ですが、対象者の中には扶養の範囲内で働くことを希望する者がいるかもしれません。必ず個別にコミュニケーションを取り、意思確認を行いましょう。
まずは従業員自身に、社会保険の加入対象者であること、実際に適用となった場合にはどのような変化があるのかを伝え、意思確認を行います。従業員から労働時間を変更したいという申し出があった場合は、今後の労働条件、雇用形態について労使ですり合わせを行い、場合によっては雇用契約の内容を変更しましょう。
社会保険の新たな加入対象者が定まったら加入手続きを行います。
加入手続きでは、加入対象者の個人情報(個人番号や基礎年金番号の情報も含む)とあわせて、「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を届け出ます。電子申請、郵送なども認められていますので、自社にとって都合の良い方法で提出しましょう。
社会保険適用拡大にあたって、企業側が注意しなければならない点を解説します。
昨今では、副業を行いながら勤務をする、いわゆる「ダブルワーカー」が珍しくありません。副業を行っている従業員が社会保険の対象となった場合、その社員が働く別の企業での社会保険の適用状況を確認しなければなりません。
まず、対象従業員が別企業で社会保険加入要件を満たさないような働き方をしている場合、ほかの従業員と同様に加入手続きを実施します。
一方、すでに別企業で社会保険に加入していたり、今回の法改正によって別企業で対象者となったりする場合は、いずれの企業でも社会保険の加入手続きを行います。
ただし、健康保険証はどちらか一方の企業を選択して発行する点に注意しましょう。この場合、原則として収入が多い企業側で発行の手続きを行います。
国では社内体制整備のために、さまざまな支援策を打ち出しています。助成金や補助金制度などを活用すれば、金銭面でのサポートを受けられます。
例えば、「キャリアアップ助成金」の場合、短時間勤務者の労働時間を長時間へ変更したり、社会保険の適用を任意で行ったりした場合に、一定額を受け取ることが可能です。
また、ものづくり補助金やIT導入補助金、持続化補助金制度を打ち出している「中小企業生産性革命推進事業」では、あらたに社会保険適用を任意で実施する事業者を積極的に支援し、補助金助成の審査において加点の対象とすることを表明しています。
特定適用事業所とは、社会保険(厚生年金保険)の加入者(被保険者)数が501人以上の会社に属している事業所のことです。具体的にいえば、法人番号が同じ事業主の、社会保険適用事業所における短時間労働者を除く「被保険者数」の合計人数が、1年のうち6か月以上の期間に500人を超えていることが見込まれる会社の事業所を指します。
特定適用事業所は、今回の法改正を受け、特定適用事業所に該当する被保険者数の要件が「501人以上」から「101人以上」に変更されました。さらに、その2年後となる2024年10月には、被保険者数の要件はさらに「51人以上」へと縮小されます。
なお、短時間労働者の雇用期間に関する要件も変更となり、令和4年10月には短時間労働者が使用される見込み期間が「1年以上」から「2ヶ月を超える期間」になります。特定適用事業所のケースとは異なり、令和6年10月以降も「2ヶ月を超える期間」という要件が引き継がれます。
自分の会社が特定適用事業所に該当するかどうかを知るには、「101人以上」か否かのカウント方法が重要となります。
前述のとおり、被保険者数のカウントは、厚生年金保険に実際に加入している者の合計数です。ただし、短時間労働者や、70歳以上で厚生年金保険に加入しておらず、健康保険だけ単体で加入している者はカウントの対象外となります。
なお、2022年10月の時点で特定適用事業所に該当する事業所や、これから該当する可能性があると判断された事業所へは、2022年10月より前のタイミングで日本年金機構よりお知らせが郵送されます。具体的には、該当の可能性がある旨が知らされる通知書、該当事前の通知書、特定適用事業所該当通知書の3種類のお知らせが、2022年8~10月頃に要件に該当するとされるタイミングごとに送付される予定です。
今回の法改正に対応するには、日頃からパート・アルバイト従業員も含めたすべての従業員の雇用管理を適切に行っていることが必須です。特に流動性が高く短時間勤務者が多い企業は、従業員の雇用管理をおろそかにすると、新たな加入対象者に気づかないというミスが生じかねません。
企業の核となるのは、その企業で働く従業員です。従業員を大切にするためにも、社会保険の加入に対する従業員自身の希望を取り入れながら、円滑な対応を進めていきましょう。
こちらの資料もおすすめです