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労働安全衛生法は、従業員の安全と健康を守るために、すべての企業に一定の管理体制を求める法律です。内容が広範囲に及ぶため、「求められる措置に対応できているか不安」という声も多く聞かれます。
法令要件の理解が不足したままでは、必要な管理措置が講じられず、労働災害の発生リスクが高まります。さらに、コンプライアンス違反として社内外に説明責任を負う事態を招き、組織運営に大きな影響を及ぼす可能性もあります。
本記事では、労働安全衛生法の基礎知識から、企業に課される5つの義務、近年の法改正動向を網羅的に解説します。

労働安全衛生法とは、職場における労働災害や健康障害から従業員を守り、誰もが安心して働ける環境を確保するための法律です。
本法律の目的は、「職場における労働者の安全と健康の確保」および「快適な職場環境の形成促進」の2つです。
企業には単に事故を防ぐだけでなく、労働者が心身ともに健康で、持てる能力を十分に発揮できるような環境づくりが求められています。
ここでは、以下の2点について解説します。
なお、派遣社員の労災手続きについては、「派遣の労災手続きを解説|派遣先の対応と必要書類についても紹介」で解説しています。
労働安全衛生法は、高度経済成長期の状況をきっかけとして1972年に制定されました。
制定以前は、労働基準法によって労働者の安全が確保されていました。しかし、対象が特定の業種に限定されており、全産業を対象にできていませんでした。
また、高度経済成長期には製造業や建設業を中心に産業が急速に発展し、それに伴って労働災害も急増します。
こうした状況を受けて、業種を問わず全産業を対象とする総合的な法律が必要となり、労働安全衛生法が誕生しました。
労働安全衛生法と労働基準法は、どちらも労働者を守る法律ですが、目的と領域が明確に異なります。
具体的な、労働安全衛生法と労働基準法の違いは以下のとおりです。
| 法律 | 概要 |
| 労働基準法 | 賃金、労働時間、休日といった「労働条件の最低基準」を定め、労働者としての権利を守るための基本法 |
| 労働安全衛生法 | 「職場環境の安全と衛生」に特化しており、事故や病気を防ぐための具体的かつ技術的な対策をまとめた法律 |
つまり、労働基準法が「働く上での契約条件のルール」であるのに対し、労働安全衛生法は「物理的な安全と健康を守るルール」と言えます。
企業は、労働基準法で公正な待遇を保証した上で、労働安全衛生法に基づいて物理的に安全な環境を整えましょう。

労働安全衛生法の実効性を高めるため、労働安全衛生法には「労働安全衛生法施行令」と「労働安全衛生規則」という2つの重要な関連法令が存在します。
ここでは、それぞれの役割と関係性について解説します。
労働安全衛生法施行令とは、労働安全衛生法で定められたルールを実際に適用するための対象範囲や区分を具体化した政令です。
労働安全衛生法の本法では、政令で定める規模の事業場や政令で定める機械などの大枠が示されており、具体的な定義や数値は施行令によって規定されています。
たとえば、総括安全衛生管理者を選任すべき事業場の規模基準(第2条)や、特定機械の対象(第12条)など、どの事業場・設備にどの義務が生じるかを判断する基礎になります。
労働安全衛生規則は、安全や健康のために快適な職場環境の形成促進を目的とした厚生労働省の省令です。
通称「安衛則」とも呼ばれ、「通則」「安全基準」「衛生基準」「特別規則」の4編をもとに、労働者の保護のために具体的にどのような措置を講じるべきかが詳細に書かれています。
具体的には、以下のような実務レベルでの手順や基準が記載されているため、事業者は規定内容を確認したうえで、求められる措置を適切に講じる必要があります。

労働安全衛生法では、企業規模や業種に応じて、さまざまな義務が課せられています。ここでは、企業が具体的に取り組むべき5つの義務について解説します。
企業は、労働者の安全や健康を確保するため、事業場における労働災害防止の責任体制を明確にしなければなりません。その際、労働安全衛生法に基づいて構成する体制を安全衛生管理体制と呼びます。
労働衛生管理体制を整備するにあたっては、事業場の常時使用する労働者数や業種に応じて、適切な責任者や担当者を選任する義務があります。なお、事業場の常時使用する労働者数には派遣社員などの人数も含む点には注意が必要です。
事業場の規模に応じて、安全衛生業務を統括・管理する以下の者を選任します。
| 立場 | 概要 |
| 総括安全衛生管理者 | 事業場全体の安全衛生業務を統括する責任者 (各業種によって決められた規模によって選任のタイミングは異なる) |
| 安全管理者 | 安全管理の技術的事項を担当する者(常時50人以上の特定業種) |
| 衛生管理者 | 従業員の健康など衛生全般の技術的事項を担当する者(常時50人以上の全業種)。 |
| 安全衛生推進者 | 職場の安全衛生管理を実施するための者(常時10人以上50人未満の小規模事業場) |
| 産業医 | 専門的立場から健康管理を行う医師(常時50人以上の全業種) |
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、労使が協力して再発防止策や健康保持増進策を調査・審議するため、以下の委員会を月1回以上開催する必要があります。
なお、これら2つの委員会の設置に代えて、両者の役割を総合的に担う安全衛生委員会を1つ設置することも認められています。
基本的な体制に加え、取り扱う物質や業種によっては、以下の専門的な管理者も必要となります。
| 担当者 | 選任が必要な条件 |
| 化学物質管理者 | リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業者 |
| 保護具着用管理責任者 | リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業者かつ保護具が必要な現場 |
| 作業主任者 | 労働災害を防ぐための管理が必要な作業がある現場 |
建設業および造船業(特定事業)では、統括安全衛生責任者や元方安全衛生管理者などの選任が必要となります。
作業環境管理とは、働く場所そのものに有害な要因がないかを把握し、そこから生じる健康被害を防ぐために職場を改善することです。
たとえば、工場などで有機溶剤や粉じんが発生する場合、濃度を測定し、換気装置を設置するなどの対策を講じる必要があります。
また、「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針」により、以下の項目についての措置を講じるよう努めなければなりません。
| 項目 | 具体的な内容 |
| 空気環境 | 適切な換気、温度・湿度の管理 |
| 温熱条件 | 暑熱・寒冷環境への対策 |
| 視環境 | 照明の明るさや質の確保 |
| 音環境 | 騒音の低減、静穏な環境の維持 |
| 作業空間等 | 十分な作業スペースの確保 |
参考:事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針(◆平成04年07月01日労働省告示第59号)|厚生労働省
作業管理とは、労働者の危険・有害要因へのばく露や作業負荷を低減するために、作業方法・手順・時間配分・教育等を整備し、それらが適切に運用されるよう管理する取り組みです。また、環境改善までの間は、暫定措置として必要に応じて保護具を用意し、従業員の負荷を減らすなどの対応も求められています。
情報機器作業についての具体的基準は、以下のとおりです。
| 項目 | 具体的な内容 |
| 作業時間 |
|
| 作業姿勢 |
|
| 機器の調節 |
|
出典:情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署(PDF)
を加工して作成
管理者は定期巡視・記録を通じて、定めた手順・配分・機器調整が運用されているか、特定の従業員に負荷が集中していないかを継続的に確認し、必要に応じて是正措置を指示する必要があります。
健康管理とは、定期健診などを通じて従業員の身体状態を把握し、病気の予防や早期発見につなげるための取り組みです。
企業は、全従業員に対して1年に1回の定期健康診断を実施する義務があり、深夜業などの特定業務従事者には年2回おこなう必要があります。
有害業務に従事する労働者には、一般的な健診に加えて「特殊健康診断」を実施し、業務特有の健康リスクを管理しなければなりません。
派遣社員についても、派遣元企業が一般健康診断を実施する義務がありますが、有害業務に従事させる場合は、派遣先企業に特殊健康診断が義務付けられています。
参考:労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署(PDF)
労働安全衛生法では、業種や国籍、雇用形態にかかわらず、全従業員が安全に業務をおこなえるよう、必要な知識や技術を習得させるための教育を義務付けています。
新たに人を雇い入れた際や、作業内容を変更した時には、業務に関する安全衛生教育を遅滞なく実施しなければなりません。
また、クレーン操作や危険物の取り扱いなど、危険性が高い業務に就かせる場合には、専門的な「特別教育」の実施が必要です。
派遣社員は、以下のように派遣会社と派遣先で実施義務が分担されている点に注意が必要です。
派遣先変更に伴って作業内容が変更されるような場合は、派遣会社が作業内容変更時の教育を行う必要があります。派遣先は、派遣社員が現場で安全に作業できるよう、自社に義務付けられた作業変更時の教育や特別教育を、正規雇用者と同様に徹底して実施しなければなりません。
参考:労働者への安全衛生教育の実施が義務付けられています|厚生労働省(PDF)
労働安全衛生法に違反した場合、単なる是正勧告にとどまらず、拘禁刑や罰金刑といった刑事罰が科される可能性があります。
主な違反行為と罰則は以下のとおりです。
| 刑罰 | 違反内容 | 条文番号 |
| 6ヶ月以下の懲役、または50万円以下の罰金 | 作業主任者選任規定違反・特別教育の未実施 | 労働安全衛生法14条、労働安全衛生法59条3項 |
| 病気療養者の就業禁止(制限)違反 | 労働安全衛生法68条 | |
| 健康情報の漏洩 | 労働安全衛生法105条、108条の2第4項 | |
| 50万円以下の罰金 | 管理体制の不備 | 労働安全衛生法10〜13条、15条~16条 |
| 安全委員会・衛生委員会の未設置 | 労働安全衛生法17条~18条 | |
| 安全衛生教育の未実施 | 労働安全衛生法59条1項 | |
| 健康診断の未実施・管理不備・非通知 | 労働安全衛生法66条 | |
| 法令周知義務違反 | 労働安全衛生法101条 | |
| 書類保存実施違反・虚偽 | 労働安全衛生法103条 |
これらの罰則は、企業だけでなく、違反行為をした担当者個人も処罰される両罰規定となっています。

労働安全衛生法は、社会情勢や労働環境の変化に応じて定期的に改正されています。直近では、2025年5月に改正法が公布されました。ここでは、直近の改正で施行された内容および、今後施行される内容について解説します。
2025年は、公布日と同時に建設現場などにおける安全措置の対象範囲が拡大されました。
従来、事業者がおこなう退避や立入禁止等の措置について、安全措置が必要なのは雇用関係にある労働者に限定されていました。
しかし改正後は、以下の労働者も含まれ、契約関係の有無にかかわらず保護の対象になります。
また、危険箇所での作業を請け負う親方や下請け業者には、保護具の着用に関する周知が義務となり、現場全体での安全意識の向上が求められています。
建設業や製造業など、複数の事業者が同一現場で作業するケースが多い業種では、この改正への適切な対応が必要です。
参考:2025年4月から事業者が行う退避や立入禁止等の措置について|厚生労働省(PDF)
2026年以降は、より幅広い分野での安全衛生対策の強化を目的とした改正の施行が行われます。
| 改正の項目 | 具体的な内容 | 施行時期 |
| 個人事業者等に対する安全衛生対策の推進 | 注文者等が講ずべき措置(混在作業による災害防止対策の強化など)が施行 | 公布日および2027年4月1日 |
| 機械等による労働災害の防止の促進等 | 登録機関や検査業者の不正への対処や欠格要件を強化し、検査基準への遵守義務を課す | 2026年1月1日および2027年4月1日 |
| 化学物質による健康障害防止対策等の推進 | 化学物質の成分名が営業秘密である場合に、一定の有害性の低い物質に限り、代替化学名等の通知が認められる | 2026年4月1日 |
| 機械等による労働災害の防止の促進等 | ボイラー、クレーン等に係る製造許可の一部(設計審査)や製造時等検査について、民間の登録機関が実施できる範囲が拡大 | 2026年4月1日 |
| 高齢者の労働災害防止の推進 | 高年齢労働者の労働災害防止に必要な措置の実施が事業者の努力義務となり、国から指針が公表 | 2026年4月1日 |
| 化学物質による健康障害防止対策等の推進 | 個人ばく露測定を作業環境測定の一つとして位置付け、作業環境測定士等による適切な実施の担保が図られる | 2026年10月1日 |
| 個人事業者等に対する安全衛生対策の推進 |
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2027年1月1日および2027年 4月1日 |
| 職場のメンタルヘルス対策の推進 | 現在、当分の間努力義務となっている「労働者数50人未満の事業場」についても、ストレスチェックの実施が義務化 | 公布後3年以内 |
| 化学物質による健康障害防止対策等の推進 | 化学物質の譲渡等実施者による「危険性・有害性情報の通知義務違反」に罰則が設けられる | 公布後5年以内 |
企業は施行日までに、必要な体制と運用の更新を行う必要があります。
参考:労働安全衛生法及び作業環境測定法改正の主なポイントについて|厚生労働省(PDF)
労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)の概要|厚生労働省(PDF)
法改正で増える安全衛生業務への備え
安全衛生委員会の運営や記録管理など、安全衛生にまつわる中心的な役割は自社社員が担う必要がありますが、準備業務や資料作成、データ整理などの事務作業などの周辺業務は、人材派遣などの外部リソースを活用して効率化する方法もあります。
業務量やご状況に合わせたご提案をいたしますので、まずはお気軽にご相談ください。

ここでは、労働安全衛生に関して現場でよく挙がる疑問点をQ&A形式でまとめています。
従業員数50人のカウントには、正社員だけでなく、パートやアルバイト、契約社員などの非正規雇用者もすべて含まれます。
法律上の「常時使用する労働者」とは、雇用形態にかかわらず、継続して雇用され働いている人すべてを指すためです。
また、派遣社員を受け入れている場合、派遣先企業の従業員数としてカウントする必要がある点には、とくに注意しなければなりません。
従業員が10人以上50人未満の事業場では、安全衛生推進者または衛生推進者を選任し、職場環境の安全を守る義務があります。
また、雇入れ時の安全衛生教育や、年1回の定期健康診断の実施については、従業員数にかかわらずすべての事業場に義務付けられています。労働災害が発生した場合の報告も、規模に関係なく必ずおこなわなければなりません。
また、現在は努力義務となっている項目であっても、将来の義務化に備えてあらかじめ体制を整えておくと、制度変更時の負担を最小限にできます。
労働安全衛生法は、企業の法的義務であると同時に、従業員の命と健康を守り、生産性を維持するための基盤となる法律です。
体制整備、作業方法の管理、健康管理、委員会運営、報告・記録の整備など、事業場単位で必要となる対応は多岐にわたります。これらは一度整えれば終わりではなく、定期点検と更新を前提とした継続的な運用が必要です。
また、義務不履行には行政指導や刑事罰が科される場合もあるため、自社の運用状況を定期的に確認し、基準日までに必要な対応を確実に実施する体制が求められます。
自社の規模・業種・作業内容に応じた義務を確実に特定し、日常運用へ落とし込むことが重要です。
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