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派遣社員が業務中や通勤中に労災事故に遭った場合、派遣先や派遣会社は迅速な対応が求められます。対応が遅れると、派遣社員の健康被害が生じたり、報告の遅れが法令違反に該当したりするなど、トラブルの原因になります。
このような事態を避けるためには、派遣先と派遣会社が労災発生時の対応フローを事前に理解しておくことが大切です。
本記事では、派遣社員の労災が発生した際に派遣先・派遣会社が取るべき具体的な対応手順や押さえておくべき注意点まで、解説します。

労災とは労働災害を指し、従業員が仕事中や通勤の際にケガや病気、障害、または不幸にも亡くなってしまう状況のことです。
この労働災害は、大きく分けて以下の2つに分類されます。
派遣社員に労災が発生した際には、派遣先と派遣会社の両企業が連携し、迅速かつ適切に対応するよう法律で定められています。

労災保険とは、業務や通勤が原因で従業員が負傷したり病気になったりした場合に、国が事業者の代わりに治療費などを給付する公的な保険制度です。
労災保険によって補償される災害は、主に「業務災害」と「通勤災害」の2つに分けられ、それぞれ認定されるための条件が定められています。
ここでは、労災保険が適用される災害について詳しく解説いたします。
業務災害とは、会社の管理下で業務に従事している際に発生した災害を指します。
業務災害として認められるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つを満たす必要があります。
なお、令和2年6月から職場でのパワーハラスメントが原因で発症した精神障害についても、業務災害として認定されることが明示されました。
通勤災害とは、従業員が通勤中に被った災害のことです。
通勤災害において定義されている「通勤」とは、仕事のために使用する社会通念上合理的と認められる経路と方法で往復する行為を意味します。
具体的に、法律上では以下の3つを通勤の定義として定めています。
ただし、通勤経路から大きく外れたり、通勤とは無関係の目的で長時間別の場所に立ち寄ったりした場合には、原則としてその後の移動は通勤とは判断されないため注意しましょう。

労災保険には、被災した労働者やその家族の生活を支えるため、さまざまな状況に応じた給付制度が設けられています。
厚生労働省が公表している、主な保険給付の種類は以下の通りです。
| 給付の種類 | 内容 |
| 療養(補償)等給付 | 労働災害により労災病院や指定医療機関で治療を受ける際の医療費を給付、またはそれ以外の病院でかかった費用の支給 |
| 休業(補償)等給付 | 療養のために働けず、賃金を受けられない場合に、休業4日目から1日につき給付基礎日額の60%を支給 |
| 障害(補償)等給付 | 傷病が治癒(症状固定)した後に、障害等級第1級から第7級に該当する障害が残った場合に年金を、第8級から第14級の場合は一時金を支給 |
| 遺族(補償)等給付 | 労働者が死亡した場合に、遺族の数に応じて年金を、年金を受け取る遺族がいない場合には一時金を支給 |
| 葬祭料等(葬祭給付) | 労働者が死亡し、葬儀を行う場合に支給 |
| 傷病(補償)等年金 | 療養開始後1年6ヶ月を経過しても治癒せず、障害の程度が傷病等級に該当する場合に年金を支給 |
| 介護(補償)等給付 | 障害(補償)等年金または傷病(補償)等年金の受給者で、一定の障害があり、現時点で常時または随時介護を受けている場合に支給 |
| 二次健康診断等給付 | 定期健康診断で、特定の項目で異常があった場合に、特定保健指導を給付 |
参考:労災保険給付の概要|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署

ここでは、派遣社員に労災が発生した際に派遣先が対応するべき手順を解説します。
派遣社員の労災事故が発生した場合、真っ先に被災した本人の安全を確保しましょう。
冷静に状況を把握し、必要であれば直ちに救急車を手配するとともに、可能な範囲で応急手当を行ってください。
同時に、事故現場の周囲を確認し、さらなる事故が発生しないよう安全を確保し、二次被害を防ぐための措置を講じることが重要です。
例えば、機械が原因であれば運転を停止させ、危険な場所であれば立ち入り禁止の表示をするなどの対応が求められます。
被災した派遣社員の安全を確保し、二次被害の防止措置を講じたら、雇用主である派遣会社へ連絡をします。
労災保険の手続き主体は派遣会社であり、事故の対応を進める必要があるためです。連絡の際には、以下の情報を客観的な事実に基づいて正確に伝えましょう。
派遣会社は報告を受けて、労災保険の給付手続きを進めます。
派遣社員が労災指定病院で治療を受けるためには、「療養補償給付たる療養の給付請求書」という書類が必要です。労災が業務災害である場合は、労災様式5号が該当します。
基本的に書類の作成は派遣会社が実施しますが、一部派遣先が災害の事実を証明するための記入欄が設けられています。
派遣先は、災害が発生した日時や場所、状況などが事実であることを確認して、証明欄に必要事項を記入した上で派遣会社へ速やかに返送しましょう。
派遣社員が労災によって仕事を休業した場合、派遣先と派遣会社は「労働者死傷病報告」を作成し、それぞれが管轄する労働基準監督署へ提出する法的な義務があります。
労働者死傷病報告の提出は労働安全衛生法に基づく重要な手続きであり、労災の発生状況を報告し、再発防止に繋げるためのものです。
労働者派遣法により、報告書を提出した際は、写しを派遣会社にも必ず送付しなければならないため、対応しましょう。

ここでは、派遣社員が労災にあった際に派遣会社が対応することについて3つを解説します。
派遣社員が労災により休業した場合、派遣会社も「労働者死傷病報告」を労働基準監督署長に提出する義務があります。死傷病報告書は、派遣先から共有された写しをもとにして作成し、派遣会社を管轄している労働基準監督署に報告します。
派遣先と派遣会社の両方が報告書を提出することで、より実効性の高い再発防止策の検討が可能になります。
労災指定病院で派遣社員が治療を受ける際に医療機関へ提出する「療養補償給付たる療養の給付請求書」は、派遣会社が作成する重要な書類の一つです。
書類の作成にあたっては、派遣社員本人や派遣先から事故の状況を正確にヒアリングし、事実に基づいて記入する必要があります。
特に、書類裏面にある派遣先事業主の証明欄は、派遣先に記入を依頼し、署名または記名押印をもらわなければならないため、連携して進めることが求められます。
派遣社員の労災保険に関するあらゆる手続きは、雇用契約を結んでいる派遣会社が主体となって進めるのが原則です。
治療のための療養補償給付たる療養の給付請求書が完成した後は、状況にあわせて必要な箇所に提出します。
手続きを遅延なく行うことで、被災した派遣社員は必要な治療や補償をスムーズに受けられます。

ここでは、派遣社員の労災が発生した際に押さえておくべき注意点について解説します。
労災保険は種類によって異なりますが、申請に対して法律で決められた期限が存在します。もし、期限を過ぎてしまうと申請ができなくなるため注意が必要です。
なお、厚生労働省が定める各種労災保険の具体的な期限は以下のとおりです。
| 期限 | 労災保険の種類 |
| 2年 |
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| 5年 |
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| なし |
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労災指定病院で受診すると、窓口での支払いは発生せず無料で治療を受けられますが、指定外の病院では一度医療費を全額自己負担する必要があります。この場合は、一度派遣社員自身に費用を立て替えてもらいましょう。
後日、派遣会社が費用請求書を労働基準監督署に提出し、承認されることで支払った費用が本人に還付される仕組みのため派遣社員が損をすることはありません。
派遣先が費用を立て替えることも可能ですが、労災保険の手続き主体は派遣会社であるため、基本的には派遣社員本人に立て替えてもらい、派遣会社を通じて還付を受ける流れがスムーズです。
労災が発生したにもかかわらず、労働基準監督署へ必要な報告を怠ったり、虚偽の報告をしたりすると「労災隠し」となり、法律違反に該当します。
労働安全衛生法では、労働者が労災により休業した場合、労働者死傷病報告を提出するよう義務付けられているためです。
報告の義務を怠ると、50万円以下の罰金が科される可能性があり、企業の社会的信用を損なうことにもつながります。
労災は隠蔽せず誠実に対応することが、企業としての責任を果たす上で必要です。
労働者が労災による療養のため働けず、会社から賃金を受けられない場合、その間の所得を補うために「休業補償給付」が支給されます。
これは、休業4日目から1日経つごとに、給付基礎日額の60%が支給される制度です。給付を受けるためには、以下の3つの条件をすべて満たしている必要があります。
なお、休業補償給付は労災保険から支払われますが、支給額は給与の約60%にとどまります。そのため、派遣社員から派遣先に対して、残りの40%分の支払いを求められるケースが発生する場合もある点は理解しておきましょう。

派遣社員の労災が発生した際、労働基準法では基本的な責任は雇用契約を結んでいる派遣会社が負うことが前提になっています。そのため、直接的な雇用関係のない派遣先は労働基準法上では責任の対象外です。
しかし、派遣先には指揮命令権があり、特殊な労働関係をもとに業務を進めることから、労働者派遣法に基づき、就業中に労働者が安全に業務を行える環境を整える義務を負い、特例的に法的責任を問われる場合もあります。
結果として、日々の業務における安全配慮義務の責任は、派遣先と派遣会社の両者が負っています。
参考:労働者派遣事業に対する労働者災害補償保険の適用等について(現状)|厚生労働省

ここでは、派遣社員の労災の再発防止をするために両社がそれぞれの立場で求められる役割について解説します。
派遣先は、派遣社員が日常的に業務を行う現場の安全を確保する、最も重要な役割を担っています。
具体的な再発防止策としては、以下の通りです。
派遣社員は職場に不慣れなケースも多いため、正社員以上に丁寧な安全指導と、質問しやすい職場環境づくりが大切です。
派遣会社は、派遣社員を企業へ送り出す立場として、派遣先の労働環境が安全であるかを確認する責任があります。
具体的な再発防止策としては、以下の通りです。
労災を発生させないために事前に派遣先の職場環境を確認するなどの体制が必要です。

ここでは、派遣労災に関するよくある質問について解説します。
労災の報告などで派遣社員の家族へ連絡が必要になった場合、派遣先から直接コンタクトを取ることは基本的に避けましょう。
本人の同意なく個人情報を取得・利用すると、プライバシーの侵害にあたる可能性があるためです。
まずは雇用主である派遣会社に連絡するか、本人の同意のもとで家族の連絡先情報を得て連絡するのが適切な手順です。
企業が立て替えること自体は法的に問題ありませんが、その後の精算手続きが煩雑になる可能性があります。
本人が立て替えた場合、派遣会社が費用請求書を労働基準監督署に提出することで、支払った費用が直接本人の口座に還付されるためです。
医療費の立て替えが発生した場合、基本的には被災した派遣社員本人が支払うと、その後の手続きが最もスムーズです。
原則として、休憩時間中の食事や私用のための外出など、業務とは関係ない私的な行為に起因するケガは労災とは認定されません。
しかし、事業所内の食堂の床が濡れていて転倒したなど、施設・設備の不備や管理上の問題が原因で発生した場合は例外です。
このようなケースでは、休憩中であっても事業主の管理下で発生した災害と見なされ、業務災害として認定される可能性が高くなります。
単発・日雇い派遣であっても、雇用契約が結ばれていれば労災保険が適用されます。
労災保険は、雇用形態や勤務期間の長短にかかわらず、労働者として働くすべての人を対象とする制度のためです。
派遣先としても、短期の派遣社員であっても正社員や長期の派遣社員と同様に、安全配慮義務を負う必要があります。
労災保険の給付を受ける権利は、労働者が退職したり、派遣契約が満了したりしても消滅することはありません。
労働者災害補償保険法第十二条の五第一項で、次のように定められているためです。
契約終了後に元派遣社員から労災の申請があった場合でも、企業は在職中と同様に誠実に対応する義務があります。
派遣社員の受け入れにあたり、派遣先が講ずべき措置について「13の指針」として整理した実務ガイドです。法令で求められる対応や、職場での適切な運用についてわかりやすく解説しています。
派遣社員の労災が発生した際は、派遣先は迅速な対応や連絡が、派遣会社は労災保険の手続きなどが必要です。それぞれの役割を適切に理解して、労災の発生時には冷静な対処が求められます。
また、労災には双方に責任の所在があり日頃から未然に防ぐための対応が必要です。
もし、労災が発生してしまった場合は再発防止のために、派遣先として日頃からの安全管理に取り組み、万一の際は迅速な対応と派遣会社との連携を心がけましょう。