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企業の中では業務を遂行する上で、役目や任務によって「社長」から「主任」まで複数の役職があります。役職の呼び名や役割は企業ごとに違いがありますが、この役職に定年制を採用することを「役職定年」といいます。今回は役職定年制の定義、制度が誕生した背景、制度を導入する場合のメリットやデメリットを踏まえた上での効果的な活用方法などを解説します。
「役職定年制」とは、定年前のある一定の年齢で役職を退くように設計された制度のことをいいます。役職定年後は現場のリーダー的な役割を担うこともありますが、役職のない社員になり、職務内容によって処遇も変化します。
「役職任期制」とは、あらかじめ一定期間の任期を設けてその期間だけ社員を役職に登用する制度のことです。任期満了後、役職期間中の実績を査定し、その結果によって昇進・再任・降格など次の処遇が決定します。したがって実力・実績主義を基本にした、ある意味シビアな人事制度だといえるでしょう。
平成29年の民間企業の勤務条件制度等調査によると、役職定年制を導入している企業では、役職定年の年齢を55歳から60歳までの間としている企業が約96%を占めています。また会社の規模が大きくなるにつれて、ある共通点が見受けられます。大企業では役職が上級になるほど、役職定年の年齢が高くなる傾向にあることです。
近年は定年退職の年齢が61歳以上の場合、役職定年を60歳にするケースが増えています。
出典: 平成29年民間企業の勤務条件制度等調査│e-Stat政府統計の総合窓口
次に役職定年制が誕生した背景と現状について解説します。
役職定年制が誕生した大きな理由のひとつは、公的年金制度の改正にあります。会社員が受給する厚生年金は、定額部分と報酬比例部分の2つに分かれており、どちらも本来は60歳から支給されるものでした。
ところが、制度の改正により1994年から定額部分が、そして2000年からはさらに報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられました。その影響でシニア社員は定年後から年金支給開始時までの期間の収入を確保する必要が生じ、国は就業確保措置として高齢者雇用安定法を定めました。現在は60歳未満の定年を禁止し、希望者全員の65歳までの雇用を義務化しています。
従来の日本企業では、労働者が企業で働く期間が長くなるにつれて人件費は増大することが普通でした。一度、役職に就けば原則降格することもありません。その結果、多数の中高年社員の役職者が在籍することになり、組織の世代交代が進まなくなりました。
そうした背景から、年功序列制に伴う人件費の増大に一定の歯止めをかけることと、組織を活性化させることを目的とした対処方法のひとつとして、役職定年制が活用されるようになったのです。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査によると、役員定年制度(ただし役職任期制度も含む)を導入している企業の割合は、全体の約3割です。企業規模でみると中小企業より大企業の方が、導入割合は高い傾向にあります。
どの役職に役職定年を設けるかは企業によって異なりますが、部長クラス(約93%)と課長クラス(約96%)の割合が多く、役職定年の年齢平均は部長クラスで約58歳、課長クラスで約57歳です。
「役職を退いた後の仕事に対する意欲」は部長クラスでは全体の約47%、課長クラスでは約半数が「下がった」あるいは「ある程度下がった」という結果になっています。
出典:役職定年制度の導入状況とその仕組み8章|独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(PDF)
では、役職定年制度のメリットとデメリットについて説明します。
現在、企業の労働人口は若年層が少なくシニア層が多いという「逆ピラミット型構成」となっています。日本の企業はこれまで終身雇用で正社員を採用していることと、年功序列で役職を任ずる人事を行っていたため、管理職のポストが空かず、若手にチャンスが回ってくることが難しい局面にありました。
しかし、役職定年制度を採用することで、優秀な若手社員が役職に就く機会が増えると、他の若手社員の中にも「自分もがんばればキャリアアップできる」という意識が芽生えます。
若手社員の仕事に対するモチベーションが高まることにより、職場の活性化につながることが大きなメリットです。また、若手を管理職に登用することで、世の中の流れに合った新しいアイデアや企画などを企業経営に反映させることもできます。
役職定年制を導入することにより、役職に就いていたシニア社員の賃金が減少することで人件費のコストダウンにつながります。
デメリットとして挙げられるのが、役職定年を迎えたシニア社員が、役職を退いた後の仕事に対する意欲が低下することです。この要因には主に次の4つのことが考えられます。
役職定年後は役職手当の支給がなくなる、もしくは基本給が減額されるなどで、役職定年前に比べて賃金がダウンすることがほとんどです。企業によっては大幅に賃金が下がる場合もあるでしょう。労働者にとって大幅な賃金の減少は仕事へのやる気をなくす大きな理由のひとつになります。
管理職の立場から一般職や専門職などの実務を担う立場へと変わり、責任を託される業務範囲が減る、もしくはなくなることで勤労意欲が低下しがちになります。
今まで部下だった人間が自分の上司になったり、部下がいなくなったりすることで社内の影響力の低下を感じるなど、自分を取り巻く人間関係の変化に対して気落ちしてしまうことがあります。
業務内容が変わったことにより、今までの職務経験が活かせなくなったことで、意欲が下がるケースも考えられます。
役職定年制度を導入する場合、役職ごとの定年を何歳に設定するかなど、制度そのものに目が行きがちです。
しかし、役職定年後のシニア社員を企業がどのような形で人材活用するかを考え、実行していく過程のほうが重要です。役職定年を導入する際には、必要であれば人事制度や賃金体系の根本的な見直しを含め、注意深く構築していきましょう。
役職定年制の運用を成功させるためには、次のポイントをチェックするといいでしょう。
役職定年後のシニア社員に対して、今まで培ってきた能力や経験・知識・人脈などが活用できるような職務に充てることが大切です。人事評価制度や賃金制度を構築し、モチベーションを維持できるような環境を作りましょう。
若年の管理職は特に、部下の年齢やキャリアに応じた接し方、部下のモチベーションを引き出し、業績を上げるための手腕が未熟な場合が多くあります。それを補う目的でマネジメント研修を行うことは有効な手段です。
シニア社員に対して制度導入の目的や役職定年後の働き方の変化や処遇への影響などを説明し、役職定年後から定年退職までのキャリアをどう築いていくかを考える機会を設けることもポイントです。
役職定年後のシニア社員のキャリア開発の一例として、次のルートがあります。
役職定年後も同じ職場で勤務した場合、今まで培った知識や実績を活かすことができるため、引き続き職場の戦力となるでしょう。上司と部下を結ぶ職場の潤滑油的な役割も期待できます。
ただし、今まで自分の部下だった社員が上司になる場合や、もともと本人が職場内でコミュニケーションが上手く取れていなかった場合、継続して同じ職場で勤務することによって人間関係のトラブルが起きる恐れがあります。企業側が事前に対象社員と面談し、本人の希望などの聞き取りを行った上で配属することが必要です。
今まで勤めてきた会社を離れ、グループ企業や関連企業でセカンドキャリアのスタートするのもひとつの方法です。転籍や出向先で仕事の幅が広がり、キャリアアップにつながる可能性があります。
役職定年後のシニア社員に「シニアアドバイザー」「シニアマイスター」などの専門的な肩書を持つ、新たな専門職を設置する方法もあります。社員教育や仕事上のアドバイス、技術の継承などの役割を担ってもらうことで、本人の職務に対するモチベーションアップが期待できます。
シニア層の人材活用方法として、役職定年制を導入もしくは廃止して成功している企業の事例を紹介します。役職定年制を導入するかしないかは企業規模や業種、業務内容によって変わりますが、いずれも60歳以降のシニア社員を貴重な人材として活用するための制度設計がきちんとなされた上で運用していることが共通しています。
役職定年制を採用している大手住宅メーカーのA社では、役職定年後もシニア社員に社内で活躍してもらうため定年を60歳から65歳までに延長し、その間のシニア社員の能力や実績・業績に応じた処遇を可能にする人事制度を構築しました。
具体的には業務支援、社員の育成、技術などの伝承をメインに行う「シニアメンターコース」や現場で活躍する「生涯現役コース」など複数のコースを設定。シニア社員は事前にライフデザイン研修を受講した後、企業との個別面談を得てコースを決定されます。
また、賃金は賞与を固定制から個人の評価による変動制に変更したことで、60歳以降の年収を現役時の30%減の水準に抑えました。複数のコースを設けたことでシニア社員の職務が明確になったことと、賃金低下率の減少、65歳定年制にしたことなどが導入成功の要因となっています。
生命保険会社のB社では、2017年より65歳定年制および70歳まで嘱託社員として働くことが可能である継続雇用制度を導入したことを期に、役職定年制度を廃止しました。このことで賃金や処遇の低下がなくなることで身分が安定するため、高齢者が高い意欲をもって働ける環境を実現しました。
役職定年制をこれから導入する、もしくはすでに導入している場合でも、制度を作って実行するだけでは上手くいきません。制度を活用するには役職定年そのものにだけ目を向けるのではなく、若手社員のうちから自身の職業人生においてのキャリアデザインを考え、実践できるように企業が積極的にフォローアップする必要があります。
そして、時代の流れとして65歳から70歳までのシニア社員のキャリア開発をどうするかをきちんと考えていくことが大切でしょう。
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