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「ダイバーシティ」という言葉を耳にすることが多くなってきました。ダイバーシティ推進室などを設置して、自社の取り組みを進めている企業も増えています。ダイバーシティとは、どのような意味があるのでしょうか。また、なぜ企業がダイバーシティ推進に取り組む必要があるのでしょうか。その理由やメリット、推進事例について解説します。
ダイバーシティ(Diversity)という言葉は、日本語にすると「多様性」を意味しています。何の多様性を指しているかというと、「人材の多様性」です。十人十色、人はそれぞれ異なっていることを表しています。
多様性には、目に見える特性・目に見えない特性があります。性別や年齢、人種、障がいの有無という目に見える視点だけではなく、個人のもつ考え方・価値観・背景など......例えば学歴や職歴、キャリア、働き方、性的指向といった目に見えないさまざまな視点を含めたものです。
このような視点で個々を見ていくと、人はそれぞれ違いがあるということに気づきます。ダイバーシティという言葉のベースには、「多様性を尊重する」という考え方があるのです。
ダイバーシティの流れは、米国から日本に入ってきました。米国の動きは、1960年代の公民権運動や女性運動に端を発しています。その後、マイノリティ(少数派)を尊重していく流れの中で、1990年代には企業内でマイノリティ(少数派)の人材を獲得し、多様性を活かす職場を整備する動きとなり、ダイバーシティの概念が広く知られるようになりました。この頃から、日本においてもダイバーシティという概念が徐々に認知されはじめました。
2000年に発足し日本におけるダイバーシティの浸透に大きく寄与した、日本経済団体連合会のダイバーシティ・ワーク・ルール研究会による『「日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会」報告書』には、"ダイバーシティとは「多様な人材を活かす戦略」である"と記載されています。
引用:資料2「日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会」報告書の概要 原点回帰―ダイバーシティ・マネジメントの方向性―│厚生労働省
このようにダイバーシティという概念は、人権の尊重からはじまり、企業活動における人材についても語られるようになったのです。
「ダイバーシティ=女性の活躍推進」と捉えるケースもあるようですが、そうではありません。女性活躍推進はダイバーシティの取り組みの一部であり、ほかにも取り組むべき内容として、「高齢者」「障がい者」「外国人」「LGBT」の活躍推進とさまざまなものがあります。
日本においては、とりわけ「少子高齢化による労働人口の減少」、加えて「企業の成長がある程度ピークに達するなどして成熟した社会」、「グローバル化」などの変化によって市場競争が激しくなるという現象が起きています。さらに、顧客など企業活動に関わる人々も多様化する中、柔軟に市場のニーズに対応していく必要があります。これらの日本社会の変化によりダイバーシティが注目されるようになりました。
変わりゆく時代だからこそ、多様な人材を雇用し活躍の場をつくることは、新たな競争力を築いていく企業戦略としても必要不可欠なのです。人生100年時代、また2020年に発生した新型コロナウイルスの影響により、年齢や働き方などもますます多様になる社会の中で、企業が存続し成長し続けるためには、ダイバーシティへの取り組みがさらに求められることとなるでしょう。
マンパワーグループが人事担当者に対して実施したアンケート調査では、優秀な人材の雇用や市場の多様化に対応するためにダイバーシティ採用に取り組んでいる企業は、4割超(42.5%)という結果でした。専門人材の確保や社内の活性化などに貢献できているという声もあがっています。
ダイバーシティを組織の運営に取り入れることを、ダイバーシティ・マネジメントやダイバーシティ経営と表現されることがあります。ここでは、ダイバーシティ・マネジメント(管理)と、さらに上位概念のダイバーシティ経営を同義語として解説します。
経済産業省において、ダイバーシティ経営は「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義されています。
価値創造が必要である理由は、先述の通り、社会の変化の中で企業が存続していくためです。価値創造につなげる経営を行うには、多様な人材を雇用し、「適材適所への配置」を行うマネジメントを実現する必要があるということなのです。ここでいう「適材適所への配置」は、個人の事情に合わせた勤務形態などに柔軟な対応するということも含まれますが、それに加えて、個人がもつ資質を活用できる環境を整備し、活躍できる場をつくることが望まれます。
例えば、シニア人材の活用を継続雇用だけにとどまらず、役職定年後にも活躍できるコースを設定することが挙げられます。大手ハウスメーカーの事例では、メンターとしてのポジションをつくり、シニア人材が次世代の育成にあたるなどの取り組みを行っています。
ダイバーシティ・マネジメントのメリットはいくつかありますが、ここでは次の3つを紹介します。
ダイバーシティ・マネジメントにおいて最も大切なのは、企業がより良い社会を築いていく責任を担う中で、人権を尊重する意識を高めることです。国連サミットで採択され、地球規模での取り組みが広がりを見せているSDGs(持続可能な開発目標)の理念も、「誰一人取り残さない」と謳っています。
つまり、ダイバーシティ・マネジメントは、今の時代、企業ひいては社会が持続可能であるための使命であり、企業の取り組みは、おのずと自社への評価や投資などにもつながるのです。
ダイバーシティ・マネジメントによりワークライフバランスの実現や、イノベーションと価値創造など、変化に対応すべく社内への変革をもたらすという点が大きなメリットです。
2017年のダイバーシティ2.0検討会報告書では、「ダイバーシティは、目的ではない。経営戦略を実行するための手段である。」と記されています。
引用:ダイバーシティ 2.0検討会報告書~競争戦略としてのダイバーシティの実践に向けて~ 平成29年3月│経済産業省(PDF)
この報告書や関連する研究によると、実際にダイバーシティへの取り組みが株価や生産性向上、人材確保にプラスに影響するという調査データも報告されています。
個々人が活躍の場を与えられモチベーションを高めることで、職場が活性化されます。そのような組織風土の中で、さまざまな経験や知識を持った人材間だからこその化学反応が起こり、これまでにはなかったモノやサービスを創り出すことができることもメリットのひとつです。
私たちは、自分と他者の違いに気づかなかったり、違いのある人を「間違っている」と捉えてしまったりする傾向がしばしばあります。自分にとっての異質を受け入れるという姿勢が、ダイバーシティ・マネジメントを取り入れる際の重要な基礎となります。
これまではマイノリティと言われる少数派の声が取り上げられず、マジョリティと言われる多数派に合わせなければならない傾向があり、改善すべき課題のひとつとして考えられてきました。しかし現代は、マイノリティの処遇や地位向上の支援にとどまらず、そもそも異なる一人ひとりを尊重する社会や組織へと変化すべきフェーズにきていると言えるでしょう。そのためには、世間一般にある「思い込み」や「偏見」という色眼鏡を外して個々を見ていく必要があるのです。
女性だから、高齢者だから、障がいがあるから「こういう働き方を望んでいて、こういうところで力を発揮するだろう」といった思い込みによる画一的な考え方ではダイバーシティ・マネジメントはうまくいきません。
例えば女性活躍推進において、仕事と子育ての両立支援に特化した施策のみ、つまり「働きやすさ」中心の施策のみを企業内で推進するのは望ましくありません。そもそも女性活躍推進は、「働きやすさ」と「働きがい」の両輪で進めなければならないのです。
また、障がい者雇用に関しても、障害者雇用促進法により対象企業への雇用義務が定められて実雇用率も上がっています。しかし、ただ雇用するだけではなく、必要な配慮・やりがいを感じることなど、どのような活躍の仕方があるのかを理解をして、人材配置していく必要があります。
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多様な人材の活躍を尊重するためには、相手の特性を理解する必要があります。例えば外国人雇用の場合、海外での学生時代の教育が、日本の学生とは大きく異なることがあります。すでにスペシャリストとして教育された外国人人材には、日本型の「まずは入社してOJTで学び、ジョブローテーションなどを行いながら育成していく」という方法がうまく機能しないケースも実際に起こっています。
採用時にトータルアセスメントを行い、本人の能力やキャリアビジョンなどについてもしっかり擦り合わせをしておくと良いでしょう。
ダイバーシティ・マネジメントを推進するにあたり「アンコンシャス・バイアス」と言われる「無意識の偏見」についての知識を組織内メンバーで共有しておくと良いでしょう。バイアスとは、人々が生きてきた中で身につけてきた物事の見方や考え方の「偏り」という意味です。アンコンシャスとは、その人が自分自身で偏った見方をしていると気づいていない無意識の状態を指します。
この「アンコンシャス・バイアス」は、採用・人事考課・昇進や配置などに影響を及ぼしてしまいます。良かれと思った配慮の根底に、アンコンシャス・バイアスがあるといった問題が起きないようにしなければなりません。
例えば、出産をして復帰した女性をサポート的な業務に配置して昇進などの機会が与えられるコースから外れた配置をすることを表したマミートラックという言葉があります。
マミートラックに乗りたい人もいれば、乗りたくない人もいるため、企業側が仕事と子育ての両立支援として配慮したつもりで行っている施策でも、それを望んでいない人もいるということを考慮する必要があります。ダイバーシティの理念から言えば、産休・育休後に復帰する人の中にも、さまざまな考え方の人がいて、それぞれの意見が尊重されるべきであるということです。
ダイバーシティ・マネジメントを実践するためには、中長期的な計画を立て継続的に実践する必要があります。具体的には、経済産業省の「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」で掲げられている7つのアクションを見てみましょう。
経営者が旗振り役となり、強いメッセージを継続的に伝えていくことで組織に浸透しやすくなります。そして、ダイバーシティ推進室を立ち上げるなどの体制をつくり、社内外の意見交換などを行いながら、制度やしくみの見直し、社員の意識改革やキャリア形成・能力開発などを行っていきましょう。
出典:ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン│経済産業省(PDF)
では実際、日本において企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
前述の通り、ダイバーシティの推進は、中長期的な取り組みや経営層からの強く継続的な発信が鍵となります。そうした中、大手消費財メーカーでは中期経営計画にダイバーシティの重要性や意義を組み込み、経営者がステークホルダーへのメッセージを示しています。
国内大手医薬品メーカーはダイバーシティを推進するにあたって、ロードマップを作成し、ジェンダー・シニア・ナショナリティなどの属性に対して、年間のテーマを掲げています。
大手食品メーカーは、ダイバーシティ研修の実施や、グループ含め全社でLGBT研修、人事部門へのアンコンシャス・バイアス研修などを実施。また、ハラスメント防止のための人権教育も行っています。
経済産業省による書籍『新・ダイバーシティ経営企業100選:100選プライム/100選ベストプラクティス集 平成29年度』には企業規模を問わず、さらに多くの事例が掲載されています。
また、経済産業省が中小企業向けに作成している「改訂版ダイバーシティ経営診断シート(PDF) 」は、中小企業が自社の現状を見える化できるツールです。現状把握と課題を明確にすることができますので、利用してみてください。
急速に変化する時代だからこそ、ダイバーシティへの理解が一層求められます。ダイバーシティのベースは「多様性を尊重する」ということです。違いを認め合い活かしていくことで、新たな価値創造にもつながり、変化する社会の中での競争優位性を獲得できるようになります。そのために、企業は互いを理解し活躍の場をつくる活動を根気よく行っていきましょう。
参考資料:
『多様性を活かす ダイバーシティ経営』(荒金雅子著),2013年,日本規格協会
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