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今、「努力すべきは採用だけではなく、優秀な人材の定着である」という観点から、人材の定着に着目した「リテンションマネジメント」に取り組む企業が増えています。
その背景には、人口の減少による採用難があります。
厚生労働省の統計データによると、日本の15歳~64歳の人口は年々減少し、ピーク時から1,000万人近く減少しました。
少子化が進んでいる人口の構造上、この流れは今後も変わることはありません。
これは、今後景気がどう変動しようと人材採用が難しいということを示しています。
年齢3区分別人口の割合の推移(平成2年~平成27年) 単位:万人
※「人口推計」(総務省統計局)を加工して作成
新卒採用はもちろんのこと、中途採用の獲得合戦も景気の回復を受けて激化しています。
人材獲得のために就業条件を改善する企業もあり、より良い条件を出す企業へ人材が集中する傾向が強まることでしょう。このような市況で欠員を出すのは、企業の事業継続にとって大きな痛手となります。
「リテンション(retention)」という単語には、保留、保有、保持、維持などという意味があります。
このリテンションに管理・監督という意味である"マネジメント(Management)"を付け加えることで、社員の維持・定着のための管理・監督という意味合いを持たせています。
リテンションマネジメントの考え方は、人材の流動化が進むアメリカを中心として研究が進んでおり、従業員の業績と満足度につながる5つの基本原則として下記のようにまとめられています。
従業員自身が、企業から評価され、信頼されていると感じることが重要です。
企業には、従業員自身や彼らの自社への貢献を尊重する姿勢を持つことが求められます。
企業が従業員の成長を望み、それをサポートするという姿勢は、成長意欲のある従業員の定着につながります。
どのレベルにおいても、ほとんどの人は成長し、有能で責任を果たせる人材になることを望んでいます。
優れた企業は、従業員にパフォーマンスと結果に集中できる環境を用意し、従業員が自身をマネジメントできるようサポートします。
また上司は、従業員に何が得意なのか、他に何を知る必要があるのか、それを取得する方法は何なのかを教えます。そうすることで、従業員は成長し、より高いレベルの職責を得ることができます。
また、業務のレベル向上だけでなく、革新的で創造性豊かな思考を奨励することも大切です。
上司は、個人として、どう自社と関わってきたかのモデルのようなものです。
良くも悪くも、従業員に対する企業の基本的な姿勢が上司の姿勢に反映されています。
成功し、企業から評価されている従業員は定着します。これはもちろん、企業にとっても有益なことです。
また、その人自身の成功だけではなく、他の人を成功させるためにサポートする人も評価することが重要です。
人にはそれぞれの価値観があり、なにをもって「最適」とするかは個人によって異なります。会社や上司が考える「最適」を強要する押し付け型のアプローチは、メンバーの自律性を損ない、逆効果になることもあります。
リテンションマネジメントの実施施策を考えるにあたって、必要な情報は従業員が「入社を決めた理由」「組織にとどまる理由」「退職する理由」です。
まずは職場において、何が従業員の満足度を高めているのか、何が不満をもたらしているのか、原因を特定する必要があります。
一例として、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した「動機付け・衛生理論」を用いた原因の特定方法をご紹介します。
この理論では、ヒトに満足をもたらすものを動機付け要因、不満をもたらすものを衛生要因と分けて考えられています。
満足をもたらす動機付け要因 | 不満をもたらす衛生要因 |
---|---|
昇進 能力向上などの個人的成長 評価、表彰 チャレンジングな仕事 社会的貢献 |
給与 対人関係 労働時間 上司による管理方法 会社の方針 |
重要なのは、衛生要因と動機付け要因のどちらか一方だけが満たされればいいわけではないということです。
衛生要因が満たされて不満が解消されても、満足感やモチベーションが高まりません。また、衛生要因が満たされていない状態で動機付け要因を与えたとしても、モチベーションが高まるわけではありません。
不満は離職につながる要因になりますが、不満ではないけど満足もしていないという状態も長く続けば離職につながる要因になります。
離職者がなぜ離職に至ったのか本当の理由を知ることができれば、不満を感じていたことや、働き続けようと思えなかった理由など、問題の原因が判明します。原因がわかれば、適切な対策を打ちやすくなります。
しかし、離職者に本当の理由をヒアリングすることは、難易度が高いものです。仮に理由をヒアリングできたとしても、表層的な当たり障りのない理由しか話してくれないというケースが多いでしょう。
または、話してくれた理由は最後の決め手となった一つの要因でしかなく、実はいくつかの要因が複合的に絡み合って離職に至ったというケースもありえます。
人の本音を知ることは困難であり、もしかしたら、従業員本人でさえも言語化できずに悩んでいるかもしれません。
離職時のヒアリングでは本当の声を知ることが難しいことを考えると、アンケートやサーベイ調査などで日常から社員が感じる不満や満足できない要素を拾い上げる機会をつくることが大切です。
ポイントは、人事制度や組織のあり方などを含めて、これを「仕組み化」しておくことです。
マンパワーグループが2019年6月に実施した調査では、若手社員(入社2年目までの22~27歳の正社員)が「今後、取り入れてほしいと思う勤務制度」として挙げた制度のトップ3である「フレックス制度」「在宅勤務」「モバイルワーク」は、調査当時、制度として取り入れられていると回答した割合が取り入れてほしいと回答した割合を下回っていました。
現在、「在宅勤務」「モバイルワーク」は、コロナ禍において急速に浸透しましたが、企業成長のためには必要に迫られてといった後手に回った制度導入ではなく、従業員ニーズをきちんとくみ取りそれに応える計画的な制度設計が望ましいでしょう。
モチベーションに影響している原因を把握したら、実施する施策を策定します。
一般的にリテンションマネジメント施策として取り入れられている具体的な対策には、主に以下にまつわる施策が採用されています。
実際に企業で取り入れられている事例を紹介します。
あるIT大手企業では、上司と部下の1on1ミーティングが原則週1回、30分ほど設けられています。この時間は、部下のための時間であると明確に定義されていることが特徴です。
目標管理制度(MBO)で四半期に1度行われるような1対1の面談では、目標に対しての進捗度や達成度が主なテーマとなりますが、この1 on 1 ミーティングでは部下が日々どんなことを感じ、考えながら仕事をしているのか、上司が傾聴することから始まります。
そして対話を通じて、上司は部下の問題解決や目標達成の支援、さらに成長の支援を行います。この取り組みによって、社員のモチベーションが高まり、大幅に離職率が低下しました。
一方で、マネージャーの負担が増える制度であることから、導入において多くの批判や抵抗がありました。この企業では、マネージャーだけに負担を強いるのではなく、人事部門がさまざまな仕組みや仕掛けを実践することで徐々に制度を浸透させていきました。
リテンション施策を検討・実行する際は、制度だけでなく、それを動かす仕組みについて、マネージャーの深い理解が必要です。効果の重要性を知らずに実行しては、一気に形骸化してしまいます。もちろん一朝一夕にできることではありませんので、粘り強く施策を周知・啓蒙していくことが求められます。
事例のようにハード(制度・仕組み)とソフト(上司によるマネジメント)がうまく組み合ったときに、施策の効果は最大化し、組織文化として定着していくのです。
通信事業を手掛ける企業グループでは、社員の自己成長や自己実現の機会を提供するために、新規事業や新会社の立ち上げの際にメンバーを公募するジョブポスティング制度を導入しています。
成長事業への人員シフトを推進するため、ジョブポスティング制度の他にも、フリーエージェント制度も導入し、制度利用者は1,500名を超えています。
そのほか、社員の新規事業創出を支援する社内起業制度にも力を入れており、2011年の制度開始から2022年の時点で応募総数は7,000件を超え、事業化案件も20件誕生しています。
また、グループ内にシードビジネスへの投資・支援を行う法人を設立し、社員の積極的な新規事業提案をさらに後押ししています。
優秀な人材を留まらせるためには、自身が成長できる、あるいは長く働く為のキャリアプランが実現できる環境だと実感できる制度作りが重要です。
採用時の積極的な情報開示も、リテンションマネジメント施策のひとつです。
採用プロセス内で、応募者に対して良い面ばかりをアピールするなど過剰に売り込みを行うことは、採用ミスマッチの原因になり、現実とのギャップが大きいほど早期離職につながりやすくなります。
このように、採用活動において自社のポジティブな情報もネガティブな情報も含めて「現実的な情報」を入社前に開示することをRJP(リアリスティックジョブプレビュー)といいます。
グローバルに事業を展開している監査法人グループのニュージーランド法人では、提供するさまざまなサービスラインと企業文化を紹介するためのインタラクティブな採用動画を作成しています。
動画内で示される「この場面であなたならどのように行動しますか?」などの選択肢をクリックすると、それぞれの選択肢に応じて異なる結果が再生される仕組みです。
視聴者は実際に自分が従業員だったらと仮定しながら視聴することで、社内の雰囲気だけでなく「こういった行動は評価される/されない」といった求められる行動規範などについても確認することができます。
限られた人材の中で、その人の能力を引き出し戦力とする、不安や不満の要素をできる限り取り除く、または工夫しネガティブな面を軽減させるといった施策は、一足飛びにできるものではありません。
また、マネジメントを担う人材の負担を考える必要もあるでしょう。
しかしながら、有能な社員の欠員ポジションがそう簡単に見つかる市況ではありませんし、欠員したことによる損失は大きいものです。
周辺にいる社員に対する業務負荷増大や、不安によるモチベーション低下など、悪影響の広がりにも繋がりかねません。
ですが、社員満足度が高まる施策を打てたならば、業務成績のアップ、優秀な社員の定着、会社の評判が向上したことによる応募者の増加など、企業の強みが増えることでしょう。
リテンションマネジメントは、社員のモチベーションをあげることで、離職の抑制効果と業務成果の向上も期待できる施策です。
まずは社員の声を聞き、改善可能な一手を探ってみてはいかがでしょうか。
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