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ジョブ型雇用が注目を集めています。社会や経済、それに伴う社員の働き方に対する考え方の変化など、さまざまな理由からジョブ型雇用を推進する企業が増えてきました。
この記事では、ジョブ型雇用とは何か、日本従来の雇用制度であるメンバーシップ型との違いや、メリット・デメリット、導入手順などについて解説します。
ジョブ型雇用は新しいシステムではなく、アメリカなどでは主流の雇用制度です。日本では「メンバーシップ型」が主流であることから新しいシステムだと捉えられがちですが、世界的にはスタンダードな制度と言えます。
ジョブ型雇用とは、明確なジョブディスクリプション(職務記述書)のもとに雇用されるシステムです。業務内容や責任の範囲、必要なスキル以外にも勤務時間や勤務場所などを明確に定めた上で雇用契約を結びます。
そのため、別部署への異動や転勤などは無く、昇格・降格も基本的にはありません。
メンバーシップ型雇用とは、「仕事」に対して雇用されるのではなく、文字どおり会社のメンバーになる雇用制度です。新卒採用に代表されるように、職務を決めずに採用し、適性をみて配置していきます。メンバーシップ型雇用は「日本型雇用」とも言われています。
総合職として社員を採用し、企業側が適性や潜在能力を見込んで配置し、配置転換や転勤などを通して、企業活動に必要なスキルを備えた人材を育成します。
社員からすれば、自身で気付かなかった能力を発見できたり、さまざまな業務を通して成長できるメリットがある一方、望まない職務に配置されたり、転勤があるなどデメリットと感じられる側面もあります。
「業務に対して採用している」かどうかの違いが、さまざまな点で違いを生んでいます。ジョブ型雇用とメンバーシップ型の主な違いは以下の表のとおりです。
ジョブ型 | メンバーシップ型 | |
---|---|---|
雇用の考え方 | 業務に対して人を配置 | 人に対して仕事を配置 |
業務内容・役割 | 明確に定められている (専門的・限定的) |
明確ではない。組織が決定する (ジェネラリスト・総合的) |
人事権 | 異動・転勤・残業命令は原則できない | 勤務地・配属先・ジョブローテーションの決定ができる |
給与・報酬 | 職務給 (業務内容や役割による) |
職能給 (年功序列や役割など総合的判断) |
流動性 | 業務の消滅・パフォーマンス結果など解雇が比較的容易 | 解雇は厳しく制限 |
組合 | 産業別労働組合 | 企業別労働組合 |
ジョブ型雇用の注目が高まった背景として、大きく分けて以下の5つの点が挙げられます。
ひとつずつ解説します。
ジョブ型雇用が脚光を浴びだした大きな理由のひとつは、コロナ禍の影響により、在宅勤務やテレワークといった働き方の急激な浸透です。テレワークにより働き方が柔軟になり、企業・社員に多くのメリットが生じた半面、「評価が難しい」という課題を企業は抱えることになりました。
ジョブ型雇用の場合、職務や求める成果がはっきりしているため、社員の生産性を測りやすいというメリットがあります。
2020年1月に経団連の提言において、ジョブ型雇用の導入が推奨されたことが注目を浴びるきっかけのひとつになりました。そして実際に、一部大手企業がジョブ型雇用の導入を表明しています。同時期にコロナの感染拡大が起こり、在宅勤務が広がりを見せ始めていた頃です。
コロナ禍は、社会の変化をさらに激しくさせました。社会のニーズに応えるべく、新規事業への取り組みやDX促進するにあたり、専門性の高い人材の確保がさらに重要になっています。
従来のメンバーシップ型の雇用制度では、給与などの雇用条件などが専門性の高い人材を確保するためにはそぐわないケースがあります。ジョブ型雇用にすることで、「職務・役割」に応じた雇用条件を設定することが可能となり、人材確保がしやすくなります。
激化するグローバル化に対応しようとする場合、従来の終身雇用制度が足かせになることがあります。
終身雇用制度には「自社の理念に合った人材を長期的に育成する」という効果はあったものの、流動的な人材活用や年功序列による賃金体系では「能力が高い人」に対しての対価が見合わず、良い人材を獲得しにくい面があるためです。
また、メンバーシップ型雇用は必要な部門・タイミングに人材を集中させることが難しいため、海外企業との競争において不利なポジションに置かれるケースが珍しくありませんでした。
かつて、社員はゼネラリストとして会社にコミットする働き方を求められましたが、現在は多様な働き方が増えてきました。
その一つが、社員は会社に労働力を提供するのではなく、職務に対して労働力を提供するという働き方です。ジョブ型雇用を社員個人のレベルでみた場合、本来の業務の範囲外である業務を担当する機会が減り、与えられた職務に労働力を集中するという傾向がみられます。
このような働き方は、長時間労働の廃止、ワーク・ライフ・バランスを訴える「働き方改革」と相性が良いという側面もあります。人材獲得難が続く現在、ワーク・ライフ・バランスが取れることは、求職者への大きなアピールになります。
また、慢性的に続く人手不足を鑑みた場合、多様な価値観や立場の人材が必要になります。育児や介護をしながら働く人やジョブ型雇用が主流である外国人労働者の受け入れを考えた場合、主流であるメンバーシップ型よりもジョブ型の方がマッチするケースもあります。
マンパワーグループが2021年に人事担当者に対して実施したアンケート調査では、全体の約2割がジョブ型雇用を導入(試験導入も含む)しており、「導入に関する起案があり、検討している」「導入の起案を考えている」といった検討中を含めると、全体の半数近く(45.7%)がジョブ型雇用の導入を推進している状況です。
ジョブ型雇用は、社員が自分の得意分野で力を発揮できる制度ではあるものの、全ての企業やポジションに向いているわけではありません。ジョブ型雇用のメリットとデメリットをそれぞれ4つ紹介し、解説します。
スキルを条件として採用活動を行えば、特定の職務にマッチした・専門分野に強い人材を採用できます。ジョブ型雇用は職務の能力に応じて報酬を支払うシステムであるため、専門分野のスペシャリストの雇用・育成に適しているためです。つまり、「プロジェクトを実行するために必要なスキル」を選考の段階で要件として設定できるということです。
また、年功序列では難しい職務に応じた給与を設定できるため、採用における競争力も高めることができます。
メンバーシップ型雇用とは異なり、一般的にジョブ型雇用の社員は職務にコミットするため、職務以外の業務負担が軽くなる傾向があります。その分、職務に集中できるため、専門性を高めることができる環境が整います。
また、ジョブ型雇用では、年齢や勤続年数ではなく、仕事の遂行能力に応じて人事評価を行います。「スキルの高さ」が評価に直結するということもあり、社員が自律的に業務に携わるようになります。
職務範囲や責任が明確になることで、不要な業務が浮き彫りになりやすく、業務が効率化されます。
また、専門的技術をもった人材の採用や社員の専門性が高まる環境であるため、業務品質が上がり、生産性向上につながりやすくなります。現在は、人材の獲得が厳しい状況が続いているため、専門的なスキル・経験を保有する人材の活用は競争力を高めることにもつながります。
リモートワークにおける部下の管理に課題を抱える企業の場合、成果主義の傾向が強いジョブ型雇用制度を導入することで、部下の働き方を対面で見られない状況下であっても、公平な評価制度を整えやすくなります。
また、管理面においても業務遂行状況の確認など管理範囲が明確なため、マネジメントの工数も削減できます。
メンバーシップ型の総合職とは異なり、ジョブ型雇用の場合、原則として「あらかじめ指定した職務以外への転勤や配置転換ができない」という制限があります。
また、基本的にはジョブディスクリプションに記載された業務でなければ、対応する必要がありません。雑務や繁閑期限定の業務など引き受け手のいない業務が発生する場合があります。
ジョブ型雇用で採用した人材は、ゼネラリストとしてのスキル育成が困難になります。多角的・全社横断的な視点が求められる経営判断や部門の統括管理を行う幹部候補者には、期間限定のジョブローテーションを実施するなどのフォロー施策を打つ必要があります。
ジョブ型雇用が主流である欧米は、人材の流動性が高く、専門性のある人材が多くいるため採用は比較的容易です。しかし、メンバーシップ型が主流である日本においては、職務によっては人材の獲得が困難なケースもでてきます。
また、「プロジェクトごとの人材採用が可能である半面、プロジェクトが短期で完結してしまうと人材を活用する場を提供しづらいケースがある」、「ジョブ型雇用の場合、プロジェクトにコミットする雇用形態なので、他社が魅力的な求人募集をかけた際に人材を引き抜かれてしまう」などのリスクがあるため、ジョブ型雇用では人材の入れ替わりが頻繁になる恐れがあります。
ジョブ型雇用のスタッフは、自身に与えられたミッションを遂行することが社員の役割となるため、会社内やチーム内で相互に助け合うという意識やエンゲージメントが高まりにくく、チームワークの醸成が難しくなるケースがあります。
求職者から「ジョブ型雇用」を見た場合、どのようなメリット・デメリットがあるでしょうか。
求職者から見たジョブ型雇用のメリットは、大きく3つです。
ジョブ型雇用の魅力は、自身が望む仕事をすることができる点です。メンバーシップ型の場合、中途採用時に業務内容ありきで入社しても、所属が長くなるにつれて、業務の変更や追加、異動で全く違う業務に就くこともでてきます。
業務が変更する心配がなく、契約した業務をひたすら磨くことができる環境なのも求職者から見たジョブ型雇用のメリットです。3年おきに業務が変わるような環境では身につけられない、スキルや経験を積めることに魅力を感じる求職者は少なくありません。
ジョブ型雇用での採用の場合、ジョブディスクリプションに記載の無い仕事をする必要がありません。他部署から急に仕事が降ってきた、業務に関係のない庶務事務が回ってきた、といった望まない仕事をしないですむことも求職者からみたメリットです。
求職者から見たジョブ型雇用のデメリットは、大きく3つです。
ジョブ型雇用の場合、「会社」ではなく「職」に紐づく雇用契約であるため、部門の消滅や企業の事業撤退により業務がなくなった場合、解雇される可能性があります。つまり、業務がなくなることイコール失職となるのです。
また、自分の専門分野が、IT化やAIに取って代わられた、などの事態が起きてしまうこともあります。
雇用条件にもよりますが、会社と約束したパフォーマンスを発揮できない場合、解雇されるリスクが生じます。
ジョブ型雇用は、パフォーマンスで評価される側面が大きいため、専門性を常に磨いていく必要があります。能動的に新しい知識や情報を取りに行く姿勢が求められ、専門性が失われると失職するリスクを抱えることになります。
ジョブ型雇用を導入して正社員を採用する場合の導入手順と、導入するにあたって企業に求められる制度改革について解説します。
ジョブ型雇用を行う職務の内容を具体的に定義します。職務名称・目的・職務内容・責任・職務の範囲などを定義します。現在ある職務であれば、担当社員と面接を行うなどして、認識の違いが起きないようしましょう。
職務が明確になったら、ジョブディスクリプションを作成します。ジョブディスクリプションは、職務と職務要件から構成されます。職務要件とは、職務の遂行に必要なスキル、経験、知識、ヒューマンスキルなどのことを指します。
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ジョブディスクリプションについては、ジョブディスクリプション(職務記述書)とは?記載例などを紹介で詳しく解説していますのでご覧ください。
ジョブ型雇用では、年功序列の給与体系ではなく、成果に見合った給与体系であることが重要です。職種や役職、責任範囲などを鑑みながら設定します。また、給与額を設定する際は、市場価値に見合った報酬であることも意識しなければなりません。雇用条件が他社より劣っていると、条件の良い企業に転職されてしまうリスクが高くなります。
今まで勤続年数が長いほど賃金水準が高くなる年功序列で評価を行ってきた企業は制度を見直す必要があります。なぜなら、ジョブ型雇用は職務の能力に応じて報酬を支払うシステムだからです。ジョブ型雇用で採用した社員がスキルを発揮しやすく、スキルアップしていけるよう、成果に対して定量的に細かく基準を設定しましょう。
ジョブ型雇用制度を導入する際は、既存の社員に対しても制度の説明が必要です。「ジョブ型雇用の社員」と「既存の正社員」の間で不公平感が生じないように、ジョブ型雇用導入の意図や雇用条件について丁寧に説明することが大切です。
日本企業におけるジョブ型雇用の導入事例を紹介します。
大手電気通信事業者では、デジタル化の急速な進化などに対応すべく、テクノロジーを使いこなせる人材や自律性を持った人材の確保を目的として、年功的なメンバーシップ雇用からジョブ型人事制度にモデルチェンジしました。
この新制度では、以下のジョブ型雇用の長所が取り入れられています。
一方で、様々な事業領域で力を発揮できるよう、ジョブディスクリプションの範囲は特定部門に限定されず、柔軟に設定されています。また、マネジメント力やチームビルディング力など、組織貢献に対する評価基準も考慮され、欧米型のジョブ型雇用とは異なる独自性があります。
さらに、新卒採用においても、自らの経験を活かした活躍を望む人材に向け、初期配属領域を確約する募集コースを導入しています。
例えば、セキュリティの研究・開発などを行う部門への配属については、以下のような募集要項が設定されています。
必須要件:
セキュリティ系の研究に従事、あるいは企業や団体でセキュリティ関連の業務経験
尚可要件:
セキュリティコンテストへの参加やセキュリティ関連のコミュニティ活動への参画、あるいはセキュリティ関連の高度な資格を保持
メガバンクグループ傘下の信託銀行では、60歳以上の再雇用社員を対象に、職務内容を明確に定める「ジョブ型雇用」を導入しました。2030年には、再雇用社員が800人ほどに増加する見込みであり、再雇用社員の幅広い活躍を支援することが目的です。
新制度の対象として想定されているのは、市場部門などでの指導的役割や対外的な講師を担っている人材、営業に関する専門知識を持つ人材です。
従来制度下における再雇用社員の給与は、再雇用前の水準から半減する場合もありますが、新制度の適用を受けることで給与の減少を抑制することができます。新制度の適用にあたり、社員ごとに「職務定義書」が作成され、給与は職務の内容に応じて支払われます。
ジョブ型雇用制度は、年功序列や勤続年数に比例した評価制度ではなく、担当する職務や遂行状況に対する評価制度をベースにしているため、従来のメンバーシップ型雇用と比べて技能や知識の高い人材を採用しやすくなります。さらに、テレワークや裁量労働・フレックスタイム制度といった柔軟な働き方とも親和性が高いため、導入を進める企業が増加しています。
近年、注目を集めている雇用制度の1つではありますが、ジョブ型雇用制度を導入するには「評価の透明性や正当性」を担保する必要があるため、慎重かつ丁寧に取り組みを進めていかなければなりません。
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